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 日曜日は朝から雨だった。  僕と笑香は待ち合わせ場所で新保達と合流し、目当ての映画館に入った。休日ということもあり、館内は大勢のカップルや家族連れで混み合っていたが、僕が予約をしておいたので席を確保することができた。  一列に並んで座ろうとすると、大西が僕に気をきかせ、笑香を僕と大西の間にはさんで座らせてくれた。これで大西が僕の味方であるということは確実だ。  笑香は終始うつむきがちで新保はどこか不満そうだったが、二人とも特に口には出さずにそれぞれ示された席に座った。  映画の本編が始まった。他愛ない話の筋を追いながら僕は笑香の様子をうかがった。  僕とは違って熱心にスクリーンの映像を見ている。せめてわずかな間でも、今現在の苦悩から離れて映画に逃避しているようだ。  僕は画面に集中している笑香の組まれた指にふれた。 「……っ!」  一瞬笑香が僕を見た。ふれられた手を引きかけて、あきらめたように力を抜く。  僕はそっとその手を握った。笑香は画面に視線をもどし、ぎゅっと唇を引き結んだ。  緊張しているような冷たい手。その細い指先になめらかな爪の感触が宿る。僕は小さく笑みを浮かべた。とりあえず、今の所はそれ以上のことを望まなかった。  映画が終わって予定通りに近くのカフェで昼食を取る。サラダを器に取りながら、大西が含みのある声で言った。 「ねえ、笑香。聞きたいことがあるんだけど」  ストローの先でジュースの氷を突っついていた笑香が顔を上げる。その表情は明らかに沈んでいた。 「何?」  気のない笑香の返答に、いたずらっぽく大西が続けた。 「もしかして、二人はつきあってるの? ……実は聞いちゃったんだよね。この前、二人が手をつないで歩いてる所を見たって。本当?」  笑香は言葉をつまらせた。大西の顔を黙って見返し、ちらりと僕に視線をよこす。  僕は眉間にしわをよせた。 「うーん、ちょっと……」  うなるように言った後、むっとした様子の横の新保を一瞥する。 「今、新保の前で言うのは何だか悪い気がするけど。実はつきあい始めたばかりなんだ」  苦笑交じりに答えると、やっぱりね、といった表情で大西が新保に笑って見せた。 「だから言ったじゃない。絶対二人はつきあってるって。相手があの水嶋君じゃ絶対無理ってせっかく忠告してあげたのに」 「そんなに言わなくたっていいだろ」  恨めしそうな表情で新保が唇をとがらせる。しかしすぐにうなだれてつぶやいた。 「そうか。何だか柿崎、今日はいつもより元気がないような気がしたけど。──俺のせいか」  落ち込んだ新保の声の響き。大西があっさりとどめを刺した。 「あったりまえじゃない。彼氏がいるのに告白されて困らない人間がどこにいるのよ」  新保がやけを起こしたようにバゲットサンドをほおばった。  笑香が笑顔で新保をフォローする。 「ごめんね。気持ちはとってもうれしいんだけど、そういうわけだから……」  笑香の優しい声色に、一瞬ちくりと嫉妬の針が僕の胸の奥を刺す。笑香のそんな優しい言葉は二度と僕には向けられまい。 「もう。笑香は甘いんだから。前にもそんなことがあったでしょ? うちの先輩から告白されて、断るのにすごく苦労したって。そういう時は本気でびしっと言ってやらなきゃだめなのよ」  大西がじれったそうに口をはさむ。聞き捨てならない発言に、僕はわずかに眉をよせた。
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