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僕の悪い評判につられず、口の悪い看護師達から「柿崎さんも大変ねえ」と同情さえよせられている笑香の謎の人望を、僕は何となくわかった気がした。
春になったら。
「春になったら、僕達は何をしてるんだろうか」
僕が小さくつぶやくと、笑香は明るい口調で言った。
「だって単身赴任みたいに、春休みには私達の所に帰って来てくれるんでしょう? お母さんが言ってたわ。史郎君がいつでもうちに帰って来られるようにって、一部屋多い間取りのアパートを湯浅さんと探してるって。史郎君のお父さんにそれだけのお金をいただいたから」
僕は両目を見開いた。思わずぽかんと口も開ける。
「……本当に?」
信じられない。それじゃ、まるで僕が笑香の入り婿のような計らいじゃないか。
「勇人が『お兄ちゃんは僕の部屋で一緒に寝ればいいよ』って言ってたらしいけど。どうする?」
笑香の言葉に、僕は大きく左右に首を振って見せた。
「それは、本当にこまる」
僕の真剣な表情に笑香が深く眉をよせる。
「史郎君、何か変なこと考えてない?」
考えてるに決まってるじゃないか。
内心の思いを押し隠し、僕は笑香ににっこりと笑って見せた。
「君達二人の家庭教師用に色々と資料も置きたいし、勇人は寝相が悪いから、あんまり一緒に寝たくはないな。──ベッドの柵を乗りこえて、また落ちて来られたらかなわない」
「悪いけど、ぜんっぜん信用できない」
笑香に冷ややかな視線を向けられ、僕は自分が例の笑顔をしていたことに気がついた。居心地の悪い思いになってぽりぽりと首筋をかく。
「本当に君にはかなわないな」
僕の大切な幼なじみで、これから共によりそいながら未来を歩いて行ける人。
笑香は肩をすくめて言った。
「だから史郎君、安心して。私達、ちゃんとここにいるから。史郎君がいつでもここに帰って来られるようにって。勇人とお母さんと一緒に、私もここで待ってるから」
笑香が最後に笑顔を作る。僕も笑香に今度は本物の笑顔を見せた。
ずっと居場所がなかった僕に、冷酷だったはずの誰かは二つも居場所を作ってくれた。
僕は満たされた思いを胸に、明るい光が差し込んでいる笑香の病室の窓ぎわで、看護師にしかられるまでいつまでもいすに腰かけていた。
*
笑香の退院を見届ける前に、僕の長かった冬休みは終わった。
僕は最後まで僕を甘やかす湯浅さんに面倒を見てもらい、何度も後ろを振り返りつつ、笑香のもとから旅立った。
そして笑香の退院が決まり、「柿崎笑香」は「柳沢笑香」と名を変えた。
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