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2.
僕の部屋だった二階の場所には僕の机とベッド以外、何も残されていなかった。主の僕が入れないため、業を煮やした引っ越し業者が部屋の中にある一切合切をトラックに運び込んでしまって、仕分けをすることもできなかったからだ。
僕はとにかくノートパソコンと自室のパソコンの二台だけは、他の誰にもふれさせないよう死守して抱え込んでいた。それさえあれば後の物は皆、あってもなくても同じことだ。
先に笑香を部屋へと通す。何もなくてもさすがに部屋には慣れた匂いが残っていて、僕は少しだけ落ち着いた。
笑香はすたすた部屋を歩くと躊躇なく僕のベッドに向かい、脇に荷物とコートを置いた。マットレスしか残されていないベッドの真ん中に腰を下ろす。
僕はあわてた。
「え……、ちょっと、待ってくれ」
敷布団もないベッドに直接すわらせるのが申し訳なくて、僕はその場に荷物を置いて制服の上を脱ぎ捨てた。脱いだ上着をベッドに敷くと、笑香はおかしそうに笑った。
「そんなに気を使わなくても。制服、しわがついちゃうじゃない」
何で笑香はこんなに余裕があるんだろう。
困惑しつつも、僕は冷えた空気を感じて残されたエアコンのスイッチを入れた。これから僕達が行うことを寒さが邪魔しないように、少し暖房を強くする。
僕は笑香を振り返った。笑香が僕を見てにこりと笑う。
えーと。それで、どうするんだ?
頭の中で整理がつかず、もう一度順番を組み立てていると、笑香が僕を手招いた。
「はい。ここに座って」
僕はおそるおそるといった様子で笑香の隣へ腰かけた。
何だか立場が逆な気がする。 こんなのでいいんだろうか。
「……怖い?」
僕がたずねると、笑香は僕をおだやかに見上げた。
「大丈夫。心配しないで。私は史郎君のものだから」
逆に笑香に勇気づけられ、その言葉に頬をゆるめながらも僕は思わず考えていた。
これじゃ、本当にいつかの逆だ。
以前笑香をここのベッドに押し倒した時のことを、いけないことだと感じながらもつい思い出してしまう。あの時の僕の乱暴な態度は一体どこから出て来たんだ。
僕は何だかやけくそになって、考えていた順番も何も全部頭の中ですっ飛ばすと、真剣なまなざしを笑香に向けた。
「好きだ。笑香。今さらだけど、結婚を前提として僕とつきあってくれないか」
笑香はぽかんとした顔で、僕の瞳を見つめて言った。
「──いまさら?」
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