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 次の日、僕は学校を休んだ。ぬれたままソファでうたたねし、どうやら風邪をひいたらしい。  体がだるくて熱を測ると三十八度を超えていた。担任にそう伝えると、くどいくらいに心配されてうんざりしながら電話を切った。  熱を出して寝込むなんて小学生の時以来だ。  解熱剤を飲んで横になる。昔、風邪をひいた時、笑香がわざわざおばさんに習って生米からおかゆを作ってくれた。だが肝心の米が生煮えで、僕は風邪の高熱の上に腹まで下してしまったのだ。  当時のことを思い出し、僕は思わずくすくすと笑った。あの時の笑香のしょげ返る顔は本当にかわいくて、逆に幸せな気持ちになって病床についていたような気がする。  少し眠ってまぶたを開く。僕が着ていたTシャツは汗でびっしょりになっていた。シャツを着替えて何か飲もうと一階のキッチンへ向かう。  もう四時か。  玄関にある置き時計で今の時刻を確認すると、待っていたようにチャイムが鳴った。僕はだるい体をおして玄関へ足を進めた。インターホンをのぞいてため息をつく。門からこちらを眺めていたのは制服姿の新保だった。 「新保、どうしたんだ?」  僕はかすれた声でたずねた。水分が無くて喉がひりつく。そういえば、以前何かの拍子に新保に家を教えた気がする。だが、いったい何の用で? 『ごめん。具合が悪そうだな』  インターホンから返事がもどった。 『真下に言われて持って来たんだ。生徒会の、所信表明用の原稿だって』  僕は小さく舌打ちした。頼りにならない担任のあいまいな笑顔を思い出す。  明日でいいと言ったのに。 「わかった。入ってくれ」  仕方なく玄関の鍵を開けると、きょろきょろと物珍しそうな顔で新保が中に入ってきた。僕は分厚い原稿の束をげんなりしながら受け取った。 「あれ? お前一人なのか?」  新保が細い目を丸くする。 「父親は単身赴任。母親は八年前に死んだよ」  僕が答えると、新保は恐縮した顔で大きな体をちぢめて言った。 「ごめん。悪いことを聞いたな」 「べつに、慣れてる」  そっけない僕の返答に新保はますます肩を小さくした。 「じゃ、早く治せよ」  新保は言って、僕に広い背中を向けた。扉に手をかけ、ふと思いついたように振り返る。 「あの後何かあったのか?」  僕は露骨に眉をしかめた。 「どういう意味だ?」 「いや、昨日は、特に具合は悪くなさそうだったから……」 「雨にぬれたせいだよ」  僕はさらにそっけなく答えた。嘘ではなく、先ほどから寒気がひどい。 「そうか。じゃ、な」  新保は軽く頭をかくと、今度こそ玄関のドアを閉めた。  僕はのろのろとキッチンに向かい、冷蔵庫の扉を開けるとむさぼるようにミネラルウォーターを飲んだ。  寒い。  進まない足を引きずりながら階段を上って部屋に入る。そのままベッドへ倒れこみ、意識を失うように眠りについた。
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