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顔を上げ、照れたように笑う。
「ごめんね。変なこと言って」
僕はだまって笑香を見下ろした。最近、さらに僕達の身長の差が広がった気がする。
笑香。すべては、君のために。
「笑香」
僕は空けた左手を笑香の右手にふれさせた。からめた指がぴくりと震える。
「し……史郎く……」
「嫌?」
肩ごしにそうたずねると、かぼそい声が返って来た。
「だって……誰かに見られたら」
「かまわないよ」
僕は答えて、握った指に力を込めた。
「夏服、似合ってるよ」
笑香の肩から力が抜ける。
笑香。君は、僕のものだ。
頬を赤らめた笑香と並んで学校への道を歩き出す。僕らは校門の近くまで、手をつないだまま歩いていた。
*
少しだけ開いた教室の窓から、校庭で体育の準備にはしゃぐ女子の声が聞こえて来る。
僕は自分の席にすわって校庭に視線を向けていた。見晴らしの良い窓際は、ぼんやり外をながめているのに本当に都合がいい席だ。
「水嶋、今日は機嫌がよくて気持ちがワリいくれえだな。なんかあったのか?」
三時間目の休み時間、不意に響いたからかいの声に僕はにっこり笑って見せた。
「そうかな」
「そうかなって、お前、自分で気がつかないか? 今日は朝からニコニコニコニコ、いっくら人当たりが良くて有名な委員長だからって、愛想がいいにもほどがあるぞ」
僕の隣の机に腰かけ、奴はどっかりとあぐらを組んだ。入学以来よく話しかけて来る、同じクラスの新保正孝だ。
成績はクラスの中の上で、顔立ちは並みの下と言ったところか。その大柄な体格のわりに運動神経はそれなりで、特に目立つわけでもない。だがひょうひょうとした雰囲気を持った、どこか得体の知れない奴だった。
僕は再び外を見た。
「いい天気だね」
つぶやくと、新保は細い目をさらにほそめた。あきれたように口を開く。
「お前って、何考えてんのかわかんねえ」
僕は新保をじっと見つめた。
「そうかな?」
「それだよ。それ、その反応だよ。 ああもうどうしてそう返すんだ?」
大げさな動作で頭をかく。
「なーんか出来すぎてて、逆になんにも興味がなさそうっていうか……。成績優秀、品行方正な優等生ってのはみんなこんなんなのかね。あー、お前にたのむって考え、やっぱ失敗したかな」
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