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 部屋の窓から見える景色は、いつも通りの平穏な夜の住宅街だった。  僕の家と笑香の家の間に立っている街灯は、もう半年も前からちかちかと点滅するようになっている。誰もそのことにふれないけれど、どこか引っかかるように感じているのは僕一人だけなんだろうか。  そんなことを考えながら、僕はスマホを手に取った。視線を窓の下へと降ろし、隣の家の玄関をながめる。笑香のスマホに電話をかけると、すぐに柔らかな声が答えた。 『どうしたの?』  別にラインでもいいのだが、今は笑香の声が聞きたい。 「今、いるのか?」  僕がたずねると、玄関先の明かりがついた。 『家にいるわよ。ちょうどご飯を食べ終わったとこ。史郎君もいるんでしょ?』  玄関の戸があき、スマホを持った人影がひょいと顔を出した。部屋の中にいる僕に気づいて、反対側の手を振ってみせる。 「僕も今食べ終わったところだよ」 『やだ、それならうちにご飯食べに来ればよかったのに。カレーだったから余っちゃって。どうしたの? 何か用?』  僕は小さく微笑んだ。 「ちょっと話があるんだよ。僕がそっちに行ってもいいけど、どうせなら僕の家に来ないか? コンビニでプリン買ったんだけど、勇人の分がな……」 『行く。待ってて』 「……いんだよ」  僕がそう言い終わる前に、笑香は通話を切ってしまった。ドアの中に頭を引っ込める。僕は思わず口元をゆるめた。  再び玄関の戸が開き、ラフなワンピース姿に着替えた笑香が僕に手を上げた。僕はスマホを持ったまま、右手を小さく振り返した。点滅している光の加減でいつもの笑顔がよく見えない。  まあいいか。どうせ、すぐに見られるのだから。  僕はゆっくりとカーテンを閉め、笑香を迎えに部屋を出た。唇の端で笑いを形作る。  しばらくの間、その大好きな笑顔も見られなくなりそうだ。  僕が家の階段を降りると、すでに笑香は家に入って玄関のドアを閉めていた。勝手知ったるなんとやらで、僕より先にキッチンに入る。  僕が続くと、笑香はレンジ台の前に立った。 「史郎君、カップ出して」 「ああ」  僕は常備されている笑香のカップを取り出して、テーブル上に置かれたままの自分のカップの横に並べた。先ほど食事をした際にしまい忘れていたらしい。  インスタントのコーヒーを手に、笑香はかたづいた流しをながめた。 「毎日、ちゃんとご飯食べてる? 史郎君のことだから大丈夫だとは思うけど。『高校生になったからって、遠慮しないで一緒に食べない?』って、お母さんも言ってたよ」 「だったら笑香がうちに来れば? 手料理をごちそうしてやるよ。味は保障しないけど」  僕は笑って答えると、テーブルの上に出しっぱなしの今日の新聞を折りたたんだ。 「やだな。私なんかより史郎君のほうが上手だし」  小さく肩をすくめながら、笑香が沸いたポットを手に取る。二つのカップにコーヒーを注ぎつつ、笑香が再び口を開いた。 「おじさんには連絡しないの? たまにうちにも電話くれるけど、史郎君が電話に出なくて心配だって言ってたみたい。──お盆もあるし、おばさんの命日までにはまた顔を出すって」  僕は無言で話を聞いていた。  そのうちにまた顔を出す。一体、僕はその言葉を何度耳にしたことだろう。わずかにわき上がる軽侮の念を、僕は自分の中に沈めた。まあ、一応は父親として、一人息子の心配をしているのだろう。自分の都合の次くらいには。 「そこの棚からスプーンを取ってくれないか」  僕が頼むと、笑香は再び食器棚に足を向けた。  僕達は向かい合わせに座り、笑香の好きなキャラメルプリンをコーヒーと一緒に楽しんだ。笑香はプリンの上にのっているカラメルに苦戦しながらたずねた。 「そういえば、さっき史郎君が言ってた、私に話って?」
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