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まるで流れ出す水のように、僕の口からすらすらとつもりつもった言葉があふれた。
「僕は見たんだ」
強く言い切り、僕は続けた。
「あの日、君は学校に用事があって、僕は一人で家へ帰った。玄関のドアを開けようとした時、おじさんの怒鳴り声が聞こえた。僕は庭から窓をのぞいた。そして見たんだ。ここで、──このキッチンで、母さんがおじさんと大ゲンカしてるのを。母さんは泣いてた。そのうちに母さんがおじさんに何か叫び始めて……。ものすごい声だったよ。ヒステリックな高い声、これだけは今でもよく覚えてる。『この嘘つき、死んでも別れないんだから!』」
笑香の顔色は紙のようだった。右手に持ったスプーンの先が、カップに当たってカタカタと鳴っている。
僕はわずかに顔をよせると恍惚としてささやいた。
「母さんは泣きながらキッチンから出て行こうとした。それをおじさんに止められて、とうとう母さんが叫び返した。『あんた達の家をめちゃくちゃにしてやるわ!』って」
喉の奥から笑いが込み上げる。
「そんなこと、口に出さなければよかったのに。その一言でおじさんは黙り込んだんだ。……それはそうだよ、あの時おじさんは昇任試験前の大事な時で、ましておばさんはもうすぐ出産だ。母さんがあることないこと近所の人にでもならべ立てたら、それこそ一家の破滅だよ。『警察官のあきれた不倫騒動』ってね」
突然、耳ざわりな金属音が響きわたった。笑香の手からスプーンがすべり落ちたのだ。
僕は微笑んで笑香を見つめた。今までの優しいそぶりのままで、笑香におだやかに問いかける。
「大丈夫?」
笑香は嫌々をするように、首を小さく左右に振った。その目じりから涙がこぼれる。
僕は静かに言葉をつむいだ。これ以上笑香を刺激しないように。この話だけで混乱されては、明日からの生活にさしつかえる。
「おじさんは母さんを後ろから捕まえた。それからそばの電気コードを母さんの首に巻きつけた。あれ、地蔵背負いって言うんだって? からめたコードを肩をてこにして、背中合わせに引っ張ったんだ。──一瞬だったよ。母さんはほとんど苦しまなかったんじゃないかな。動かなくなったのを確認して、おじさんはコードをはずさないように階段の手すりに引っかけたんだ。それから色々と後始末をして……完璧だよね。何と言っても、現職の警察官がやることだから」
僕は笑香に笑顔を向けた。
「後は君も覚えてるだろ? 母さんはうつ病で自殺した。原因は夫婦の不仲だって。第一発見者のおばさんはそのショックで陣痛が起きて……。勇人の誕生日と、母さんの命日が一緒になったのはそういうわけさ」
「あ……」
笑香はため息にも似た声をもらすと、両手の中に顔をうずめた。震える肩が痛々しい。
「これでも僕は考えたんだ。僕が見たことを他の人間に、──たとえば警察に話すべきか。でも僕は母さんなんかどうでもいいと思ってたし、どうせ話しても八歳の子供の言うことなんて、まともに聞いてくれるわけがない。まして相手は警察官だ。不利に決まってるだろう? そこで、僕は思いついたんだ。どうせならこの出来事をうまく利用してやろうって」
僕の感情はせり上がり、昇りつめるまであと一歩という所まで極まった。
その僕の高ぶりを、笑香の低い声が止めた。
「どうしてなの」
押しつぶされた混乱の変化。
「どうして、今そんなことを言うの」
声を立てずに僕は笑った。
「どうして笑うの。馬鹿にしないで!」
涙にうるんだ瞳でにらむ。どうして? 君がそれを聞くのか?
「君が好きだから」
僕はおだやかに問いに答えた。
笑香は先ほどの時よりも、大きく濡れた瞳を開いた。
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