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3.
「好きだから。十年前、君に初めて会った時からずっと思ってた。君が離れる日が来るくらいなら、嫌われてもいい、縛りつける。こうやって僕が弱みを握れば、君は絶対に僕から逃げない」
笑香の顔色は蒼白だった。僕はきっぱりと言い切った。
「母さんが死んでから八年、君の家族の信頼を得るのに僕はそれだけの時間を使った。もう十分に僕は待ったよ。──結婚を前提として、僕とつきあってくれないか」
僕達の間に沈黙が流れた。
一呼吸置くと、僕は笑香に出来うる限り優しく言った。
「大切にする。約束するよ、君に不自由な思いはさせない。君の家族にも」
ぴくり、と笑香の細い肩が反応する。
「僕は今まで通りに接する。優等生の、よくできた幼なじみとして。……君が僕の言うことを大人しく聞いてくれればね」
「嘘よ」
唐突な笑香のかすれ声に、僕はわずかに眉尻を上げた。
「嘘よ。お父さんがおばさんを殺したなんて。そんなでたらめ信じない!」
「だったら信じなければいい」
僕は抑揚のない声で言った。一瞬、笑香がおびえたような視線を僕に向けて来る。
「色々と方法はあるんだ。君一人が信じなくたって、周りの人間が信じればいい。たとえば──たとえば、僕が君のおじさんを殺して警察にすべてを話すとか。ああ、報道陣の前でもいいね。僕の言葉を身内の警察にゆがめられても困るから」
わずかに笑みをふくんで続ける。
「復讐の機会を狙っていたって僕が泣きながら告白すれば、確実に一面に載るだろう。血塗られた十六歳の凶行、殺された警察官は殺人犯だったって。世間は君達に注目するよ。君の家族がばらばらになることだけは間違いない」
笑香は息をのんでつぶやいた。
「だって、あなたは」
「僕? 僕はいいんだ。未成年だし、動機が動機だからそう重い罪にはならないだろうし。僕が院に入ってる間、君に近づく奴もいないだろう。不倫のもつれが原因の殺人で、復讐された警察官の娘になんて」
僕はにっこりと笑って見せた。
「勇人はまだ二年生だ。君はよくても勇人はきっとつらいだろうね」
「……!」
笑香は僕をにらみつけたまま、きつく唇を噛みしめた。テーブル上で握った拳が細かく震え続けている。
僕はひそかにほくそ笑んだ。家族思いの笑香には、やはりこの手が一番だ。
「……勇人は関係ないでしょう」
しぼり出すような笑香の言葉に、僕は余裕の表情で答えた。
「あるさ。僕は君を知ってる。もしも話が君だけのことなら、僕がどんな小細工したって君は僕の言いなりになんかならない。僕の話が事実だと知ったら、君は父親に自首をすすめる。君はそういう性格だよ。だけど、話が勇人にまで及ぶとなれば……」
極めつけの言葉を放つ。
「今、君にしたのと同じ話を勇人にしてもいいんだよ。大好きなお兄ちゃんの話だ、君と違って疑わないだろう」
「やめて‼」
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