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人間の娘に化けた狸が男の家に遊びにきていたあるとき、突然ふすまが開き、世にも恐ろしい化け物が家の中に入ってきた。
ギョロリとした真っ赤な目に、耳までさけた口、床まである長さの髪の毛を引きずり、手には血に染まった包丁を持っている。
「あなただけをお慕いしていたのに……、あなたは私を裏切った。私を愛してると言ったくせに、他の女にも同じようなことを言っていたのね。許さない……」
人とは思えないような恐ろしい声だったが、化け物は確かにそう言った。
男は今まで数多くの女と関係を持ってきたが、さすがに化け物と関係を持った記憶はない。
化け物を恐れると同時に、言われていることに見当がつかず不思議に思うが、化け物の着ている品の良い薄紅色の着物には見覚えがあった。
「まさか……、紅?」
紅は商人の娘であったが、男も彼女のことはよく覚えている。町一番の美女と名高い紅は気立ても良く、町の男たちの視線を一手に集めていたが、年頃になり男と恋に落ちた。
男が他の娘とも関係を持っていると知った紅はたいそう悲しみ、どこかに姿を消してしまったが……。
化け物の着ている着物には確かに見覚えがあるが、これがあの美しかった彼女なのだろうか?
もしや、自分への恨みでこのような化け物に成り果ててしまったのだろうか?
男は信じられない気持ちで化け物に問いかけるが、化け物は男の問いには一切返答しない。
もはや聞く耳さえ持たないのかもしれない。
「許さない……、許さない……」
地獄の底から響くような低い声で、化け物に成り果てた娘はぶつぶつつぶやきながら男に狙いを定め、包丁を振り下ろそうとした。
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