バラの姫と星の王子

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バラの姫と星の王子

 第一章 「姫との出会い」  美しい湖のそばにあるオイレ国―――その名の通りここには100羽以上のフクロウがいて、王子たちはその中から一羽を友として旅などに連れて行くことができる。  少しはねた黒い髪と藍色の瞳を持つ17歳の王子・シュテルンが選んだのは黄色い双眸を持つコミミズクだった。ひなの頃から成長が遅く、飛ぶのも速くはなかったが、彼はこのコミミズクがとても好きだった。  周りにいる兄やほかの者たちは「いつか死ぬんだろう」と思い、彼のことを 理解しようとしなかった。  ある夜、シュテルンは窓から見える星空を眺めていた。今夜は雲がなく、空気も澄んでいる。彼はその空気を思いっきり吸い込んだ。  「少し外に出てみるか」肩に止まっているコミミズクとともに庭をゆっくりと歩いていくと、突然女性の悲鳴が聞こえた。音を立てないように気をつけながら、門の奥へと移動する。  ワインレッドの髪と水色の瞳を持つ若い女性が、三人組のごろつきによって 湖のそばにあり、剣や槍などを保管する倉庫に捕らわれていた。彼女の口には 布が押し込まれている。長身のごろつきが、剣を持ってあたりを見回しているのが見えた。  彼らに気づかれないよう、倉庫の中にあった黒いチョッキと茶色いブーツに 着替えてから近づく。先ほどあたりを見ていた長身のごろつきが、「オイレ国の者か!」と叫びながら剣を向けてきた。すばやくよけて、いつも身に着けている母の形見の短剣を抜いて応戦する。  長身のごろつきはシュテルンの動きにいらだっている。彼の手から剣を落とすと、走って外へと逃げて行った。  「(残るは二人)」と心の中でつぶやいてあたりを見回した時、ふいに背後から二人目の大柄なごろつきが持っていたろうそくを床に落とした。火があたりに広がり、煙が外に向かって流れていく。  シュテルンはせき込みながら、懸命に短剣で二人目と戦う。床の近くまで来た時、二人目の腕に火が燃え移った。彼は大声で叫びながら外へと出て行った。剣が入った木箱の奥に水の入ったおけがあり、それを持ってあたりを濡らし、火を消すことができた。  「おれとの一騎打ちか」という声に振り向くと、紺色の上着に黒いブーツ姿のやせた男がこちらに向かって突進してきた。シュテルンも短剣で相手の攻撃を防ぎながら応戦するが、男に足を蹴られ、激痛で思わずよろめく。  相手の剣がシュテルンを刺そうとした時、コミミズクが男のほおを翼で打った。濡れた床で足を滑らせて転んだ男は「おれの負けだ」と言ってほおをさすり、ゆっくりと立ち上がって外へと出て行った。荒い息を吐いているシュテルンもひざや腕など切り傷だらけである。  女性に駆け寄り、「もうあなたを傷つける人はここにはいません」と声を かけ、布を彼女の口から出して外へと連れ出す。冷たい風が吹いてきて、 二人はくしゃみをした。  「助けてくださって、ありがとうございます。わたくしはブルーメ国のローゼです」と言って、彼女はお辞儀をしてからにっこりと笑った。ワインレッドの髪は三つ編みで、白いドレスを着ている。首にも髪と同じ色のバラの飾りが 下げられていた。シュテルンと同じ歳の、整った顔立ちの美女である。  「おれはオイレ国の王子・シュテルンです」とあいさつすると、「よろしく」と手を差しだしてきた。心拍数が上がるのを感じながら握手をした後、 城に戻ったシュテルンは彼女に着替えを渡し、自分の部屋で待っていた。  五分後、ローゼが彼の部屋のドアをノックした。緑色のドレスにエプロン、 黒いタイツにベージュの靴という姿になっている。三つ編みにしていた髪も、ショートカットになっていた。  「それなら使用人に見えますね。とても素敵です」とシュテルンが声をかけると、ローゼははずかしそうに微笑む。彼女とベッドに座り、夜空を見る。  「おれが生まれた時も、星が光っていたと母が言っていました。それでおれにこの名前をつけたんです」そう言って、彼は小さく息を吐きだす。  「でも、三年前にヴァッサー国に行った時、彼女はそこにいたごろつきたち――――ヒムメル国の姫とともにあなたを襲ったやつら――――に監禁され、刺殺されたんです」本が好きで穏やかだった父とそっくりの美しい顔を下に向け、彼はそうつぶやく。  ローゼは息を飲み、首にかかっているバラの飾りを握りしめた。シュテルンは続ける。「倉庫の中であなたを見た時、『母と同じ目には遭わせない』という気持ちが自分の中にありました。無事に助けることができて、ほっとしています」彼はローゼに向かってにっこりと笑う。  その時、紫色の外套を着た長身の女性たちがこちらに向かってくるのが見えた。「ヒムメル国の姫です!あのごろつきたちと一緒にあなたを倉庫に監禁したやつらだ。逃げましょう」シュテルンはローゼと手をつなぎ、階段を駆け下りると黒いマントを彼女とともに羽織り、庭を駆け抜ける。  それからどれくらい時間が過ぎただろうか。振り返ってもヒムメル国の女性たちの姿は見えなかった。二人は荒い息を吐きながら切り株に腰をおろす。  「これからどうしましょう?」ローゼが聞くと、シュテルンは「ヴァッサー国に向かいましょう。あの三人以外のごろつきはいないでしょうし、水が枯れないとも言われています。そこで少し休んだほうがいいでしょう」彼の言葉に、ローゼは「わかりました」と答える。  「懇意にしてもらっている御者がいるので、馬車を持ってきてもらいます」 と言って、シュテルンは門の近くに向かって口笛を吹く。するとベージュのスーツを着た70代くらいの男性が、こちらに向かってくるのが見えた。  「グーテン アーヴェント。シュテルン様、今夜はどのようなところに行きたいのですかな?」「ヴァルム。おれとこの女性、ローゼ様をヴァッサー国まで送ってくれ」  ヴァルムはローゼをちらりと見て、「あなたはブルーメ国のお生まれでは?」と穏やかに聞く。「はい。ですがもう、あそこにはわたくしのことを理解してくれる人は誰もいないので、帰りたくないのです」と彼女は答えた。  「分かりました、どうぞ。足元にお気をつけください」とにっこりと笑い、 ヴァルムは二人を馬車の中へと入れた。茶色い毛布をローゼのひざにかけてやると、「ありがとうございます」と礼を言って眠り始めた。  「シュテルン様は聡明で、人のことを考えることができる男性になられましたね。わたくしもあなたが小さいころから見ていますが、とても嬉しいことです」ヴァルムはそう言ってシュテルンの肩にも毛布をかける。  「ありがとう」と言ってシュテルンは満面の笑みを浮かべ、「今日は月が きれいだな」とつぶやく。  馬車はゆっくりと夜の街を走っていった。                                
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