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『お義兄さん!悠太さん…!』
病院に着くと、今しも分娩室に入ろうと身支度を整えた璃瑚ちゃんの旦那さんの姿があった。
──立ち会い出産を選択したのだろう。
廊下に並ぶ待合いの椅子には、彼のご両親の姿もあり、静かに頭を下げてくれる。
『もう産まれるそうです。陣痛、ホントはずっと我慢してたらしくて──』
『璃瑚を、よろしく頼みます』
オレの横で齋藤が深々とお辞儀をして、オレは急に大声で泣きたくなって、堪えるように一緒に頭を下げた。
しばらくしてから、不意に訪れた誕生の産声。
聴き慣れないはずなのに、懐かしく愛おしいその大きな泣き声が響き渡ったとたん、齋藤は片手で眼鏡を覆って、走って階下へと階段を降りて行ってしまった。
『大丈夫です、璃瑚と赤ちゃんのこと、よろしくお願いします』
慌てるご両親に手を合わせ、齋藤を追い掛ける。
オレと齋藤との関係も理解し、璃瑚ちゃんと齋藤の抱える苦しみも理解し、協力してくれようとする、素敵な人たちだ。
だからこそ、オレはオレの出来ることを精一杯やり遂げたいと思う。──齋藤は、オレの恋人であり、オレの伴侶であり──きっと魂の半分だから。
『齋藤』
暗い暗い─昼間の騒めきなど忘れ去ったような顔をした、病院の中央ロビーの片隅の椅子に、齋藤は座って泣いていた。─静かに。とても静かに。
『齋藤、璃瑚ちゃん頑張ったな』
『……』
頷くその頭をギュッと抱き締めると、強い力で背中に腕が回され、大きな嗚咽が漏れた。
『璃瑚が…っ、オカンになりよった』
『うん』
『俺の、璃瑚が、』
『うん…』
涙でぐしょぐしょになった齋藤の顔が愛おしくて、そっと口付けたら、絡まる舌に、2人の吐息が熱くなった。
『大事に育てような。みんなで』
──オレたちは子どもを授かることが出来ないけれど、その分たくさんの愛情を注いであげたいと思う。
璃瑚ちゃんや、齋藤が、幼い頃与えられなかった分も。それ以上に。
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