1.ミルクを入れないコーヒー

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1.ミルクを入れないコーヒー

 人間をマゾヒストタイプとサディストタイプに分けるとしたら、私マゾなんだろうかと、最近思うようになった。  いや、これは正確な考えとは言えない。私は自分を痛めつけて喜ぶような癖は無い。むしろ、大事に扱ってもらえない事に悲しみを抱く毎日だ。 「ただの寂しがり屋……?」  ホテルの一室。広いダブルベッドに一人で横たわり……自分が何故ここにいるのか考える。浩介を心から愛してる?それとも、浩介といると心と体が癒されるから?  どれもピンとこない。  浩介とは3年前……たまたま飲み屋で一緒になって、お酒の勢いで体の関係になってからズルズル続いている。彼は改めて告白とかしたら重いから、そういうのはあえて口にしないと言っていた。私もそれ以上強くは言えなくて、本当は答えが欲しいくせに、物分かりのいい女のフリをした。  こんなあやふやな関係で3年って……正直長すぎる気もする。そうは言っても、浩介とベッドを共にするのは自分が最も女になれる場所。髪を振り乱し……互いの絶頂ポイントを知り尽くしている。  体が彼を求めるのだ……どうにもできない。 「あーサッパリした!絵里も入ってこいよ」  スポーツで一汗かいたみたいな表情で、浩介がシャワールームから出て来た。  私はその声で弾かれるように起き上がり、慌ててバスローブを体に羽織った。出来るだけ電気が明るい部屋では自分の体を見られたくないからだ。 「あ、コーヒーでも飲む?」 「あぁ……うん、俺はミルクだけ入れて」 「分かった」  ホテルに備え付けてあるインスタントコーヒーを作る為に、ベッドを降りる。足の細さは以前のままだからむき出しでも大丈夫だ。 「なぁ」 「ん?」 「何で暗い場所でしか体見せてくれなくなったわけ?」 「……」  浩介は私の体がパーフェクトだと言って夢中になっている。実際一年前まではパーフェクトだった。職業がエステティシャンというのもあって、自分の体は常に商品と一緒だと言う意識で維持してきている。  でも、ここ数カ月の自分は以前ほどのパーフェクトボディではなくなっている。  それを浩介に知られるのが怖い……電気を暗くしないと裸にならないのはそういう意味があったんだけど、それを私は正直に言えない。 「何となく、恥ずかしいじゃん」 「最初はあんなにオープンだったのに?」 「ん……もういいじゃん!」  これ以上話す事はない……というサインのつもりで私は彼の前にミルク入りのコーヒーを差し出した。 「ありがとう」 「ん、じゃあ私もささっとシャワー浴びちゃうね」  シャワールームに足を入れると、タイルのひんやりした冷たさが体に響く。それでも蛇口をひねると、少しずつ暖かいお湯が出てきて、私の疲れた体に降り注いだ。  腕を見ても、しっかり水をはじいているのを確認する。 (うん、私はまだ20代の体をしてる)  30歳になった自分に不安を覚えていて、体の変化にいちいち神経を尖らせる。こんな自分に少し疲れているところもあるのだけど、浩介に抱いてもらっているうちは、私は女として最高に価値があるのだと思える。 『俺はデブは大嫌いなんだよ、やっぱり体はメリハリなくちゃ……やる気なくなる』  浩介は出会った頃にこんな事を言っていた。  私もその頃は自分の体が完璧に管理できていて、こういうのをコントロールできる精神がなければ女として失格だ……なんて思っていた。  多分、今ぐらいの変化なら浩介が幻滅するっていうほどじゃないのは分かっている。少しふっくらしたかな、ぐらいなのだから。 (この体を許せないのは浩介じゃなくて、私自身なのかもしれない……)  一通り体を洗ってシャワーを止める。  ポタポタと髪から零れ落ちる水滴を眺めつつ、自分の価値をいったいどこに見つけていいのか戸惑った。
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