お絵描き

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 日本生まれで、日本から出たことのない18の若造である、いわゆる井の中の蛙である僕の考えだから的外れかもしれないけれど、地球って素晴らしい場所で、素敵な場所で、生まれてきてよかったと言える場所であると、僕は思う。  とまぁ、これがこの世界で唯一地球を知っている僕の考えだ。さて、これからはこの世界に来たそんな僕が、どうして君を創っているのかを話していこうと思う。長くなるだろうから、あそこにいる足の生えた蛇でも見ながら話を聞いてくれて構わないよ。  まずは…… そうだね、ここに来る前の状況から話そうか。僕は確か、その日受ける予定の大学の講義を終えて、家でチョコレートっていうお菓子を食べて、のんびりしていたんだ。  それで、絵を描くのが趣味でさ。色鉛筆を取りつつ、大学の帰りに買ったスケッチブックを開いたんだ。そしたら、スケッチブックが急に光り輝いてさ。あまりに眩しくて、腕で目を覆いつつ目を瞑ったんだ。  それで、しばらくの間そうした後、光が収まってきたと感じたから目を開いて、腕を離した。だけど、目に入ってきた光景が信じられなかった。  何もなかった。僕の持っていた色鉛筆以外何一つ存在しない、真っ白な世界。それが、辺り一面に広がっていたんだ。  信じられない……様子は無さそうだね。そう、今君が見ているその蛇も、上に広がる青空や、そこを飛んでいる鳥、地面に生えている草や、地面そのものである土なんかは、全部僕が創ったんだ。  それでまぁ呆然としながら、その時の何もないこの世界をさまよった。体感的には何時間も歩いた後…… 焦り始めた。ここはどこかはともかく、僕は元の世界に戻れるのか? ってね。まぁその後、今度はこの世界を走り回るんだけど…… 結局、出口はおろか、ヒントのヒの字すら見つからなかった。  あっ…… そういえば、普通に日本語かつ地球の常識で話してるけど大丈夫? うん、大丈夫そうだね。創った僕の知識がある程度入っているのかな?  あ、ごめん。話がそれたね。それで何日も走り回って、お腹もすいてさ。もうここで、訳も分からず死ぬのかなって思ってた。ただ、ここで僕の頭がものすごく回った。何で僕は色鉛筆を持っていた?僕がここに来る前に見た最後の物はスケッチブックだ。何で何もないのかは、買ったばっかりのスケッチブックからじゃないか? ていう感じに。それで、色鉛筆を使って真っ白な地面にリンゴの絵を描いたんだ。  リンゴを描き終わっても、何も起きなかった。それでやっぱりだめかと思ったんだけど、その絵に触れたら、絵を掴むことが出来たんだ。だから何だって話だけど、もうどうにでもなれってそれを口に運んで食べたらさ、絵だから本物の様に歯ごたえがあるわけじゃないけれど、味は確かにリンゴだったんだ。  ……それから、できる限り食べ物を描き続けた。死なないために。それで生きる事が出来た。それで、思ったんだ。食べ物だけじゃなくて色々なもの…… 空とか、森とか、地面とか、あと、地球への帰り道とか。結果として、帰り道は出来なかったけど、それ以外は描くことが出来た。そう、言い換えれば……この世界で、僕はほぼすべての物を作ることが出来たんだ。まぁ、偽物というか、パチモンというか、紛い物だけどね。  青い空を描いたけど、やっぱり地球の物と比べたら物足りない。雲を追加しても、その物足りなさは変わらない。地球の様に雲が動くことも無いし、太陽の日差しも感じない。なにより、青以外にならないのが駄目だと思う。ずっと向こうに行けば、後から描いた紫の空や茜色の空もあるけれど、それだけ。  動物…… それこそ、さっきの変な蛇とかも描いたけど、地球の物と比べたら、やっぱり物足りない。薄っぺらいってのもあるし、変な風に描いても動き始めるし…… 今の君みたいに、描いている途中でも行動できるし。まぁ、君は頷く以外何もしないから、マシな方だけどさ。酷い時だと、ライオンの頭を描いた瞬間食われそうになって恐ろしかったね。  他にも、地面の感触とか、様々な自然の音とか、足りないものは沢山あった。そしてそれは、僕がこの世界から離れたいと思う理由の重要な要素の一つだ。でも、重要だとはいえ、一番じゃない。  ……そこで頷くってことは、君は僕の知識を得てるとかじゃなくて、僕自身なのかな。まぁ、なら分かると思うけど。一番この世界から帰りたい理由は、僕自身が嫌いだからだ。死ぬ勇気はないけれど、死ななきゃ償えないほど迷惑しかかけていない僕の事が。  地球が美しいと思っているのは間違っちゃいない。でも、自分という存在が、それを汚していると思ってた。理想の世界を描くこと以外何もせず、それ以外は何もできない。周りの人にとって普通の事すら。今思えば、そんな考えだから駄目だったんだ。絵を描くことしかできず、周りに迷惑をかけて、それを直視するのが嫌で、また絵を描く。最悪の循環さ。  でも、ここで一生分と思えるくらい絵を描いて。自分の絵の、未熟さというか子供っぽさというか…… そういうものを直視して。やっと、その循環から抜け出せた。  それで、僕は人を創ろうと思った。その悪循環から抜け出したんだっていう証拠に。この世界に来る前を含めて、人の絵を描いてなかった僕からしたら成長したんじゃないかなって思うよ。噂話程度のことしか聞いていなかったけど、創世記の天地創造の神も、もしかしたら今の僕みたいだったのかもね。 ……って、それはいろんな人に失礼か。  さあ、これで完成。ご清聴ありがとう。そして、ここからは好きに生きてくれ。僕は少し疲れたから、眠ることにするよ。  気がついたら、雀の鳴き声が聞こえた。顔を上げると、あの世界に行く前の自分の部屋に居た。顔をつねってみるけれど、痛いだけで、何一つ変わることは無い。変な笑いが漏れる。  今までのは何だったのだろうと考えると、手に持っていたスケッチブックががさりと動いた気がした。開いてみると、あの世界で描いたものが描かれている。そして、最後のページには、あの世界で最後に描いた人と、『さよなら、僕』という文字が描かれていた。  このさよならが、何に対してなのかは分からない。でも、そろっと、何もしない、空っぽで空虚な、屑な自分とさよならをしなければならないのだろう。  「さよなら」  スケッチブックを閉じて机に置き、窓から外を見ながら背伸びをする。  ―――さて、何から始めよう? 僕がこの美しい世界で生きてることを、送り出してくれた『僕』が誇れるようになるために。
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