<前編>

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 ぎゃはは、と笑う胡桃。おまじないの力とやらが本当かどうかはわからないが、実際彼女はこの一ヶ月で見違えるほど綺麗になったのは確かだ。――彼氏が出来て、以前よりお洒落を気にするようになったから、らしい。髪の毛もあっちゃこっちゃとハネていたのが、毎朝早起きして丁寧にストッパーをかけてくるようになったし、肌のケアもマメにするようになったのかニキビが明らかに減っている。  それと、化粧品も。こっそり学校にまでしてきているそれが、そこそこ値の張るブランドの口紅であることを私はよーく知っているのだ。それが彼女とラブラブになった、テニス部のイケメン先輩である葛城(かつらぎ)さんに買ってもらったものであるということも。  おまじないをしたから、好きな人との恋が成就したのだと彼女は言う。だからこそ、こうして私にこのおまじないの有用性を必死でアピールしてきているというわけだ。好きな人の好みも比較的似ていることが多い私だが、幸いと言うべきか今恋愛感情を向けている相手は胡桃のそれとは違う人だ。  同じクラスの、車田(くるまだ)君。  はっきり言ってイケメンではない。それでも、柔道部で必死の練習をしているのを眺めるうち、自分でもどうしようもないくらい恋に落ちてしまった相手、だ。両思いになりたい気持ちはあるのに、それは叶わぬ願いとずっと諦めてきたのである。柔道一筋の彼が、恋愛にうつつを抜かしてくれるとは到底思えなかったがゆえに。  そうやって諦め気味の私に気がついたからだろう、今回彼女はこうしてそのための手段をオススメしてくれているというわけだ。いくらそのやり方が胡散臭くても、これが彼女の善意であり厚意であることに代わりはないわけで。 「……まあ、やるだけやってみる、けど」  私がそう告げると、いつもハイテンションな友人はニコーッ!と文字がつきそうなくらいの笑みを浮かべた。 「そうこなくっちゃ!やっぱ、乙女は恋に生きてナンボでしょー!」 「ちょ、背中叩くなし!痛い痛い!」 「ぎゃははははっ!」  なお、いつものノリでばか騒ぎをしていた結果、見回りに来た先生に見つかってお叱りを受けることになるのである。  私達にとってはけして珍しくもない光景だ。気の会う大好きな友達がいて、恋が叶うなら学校生活は花丸大正解だろう。勉強が多少できなくたってきっと関係ないはずである。その時私は、心の底からそう思っていたのだ。
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