2話

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日曜日だというのに電車は満員状態だった。俺たちが降りる駅よりさらに3つ向こうで何やら盛大なイベントをしているとのことで、利用客がめちゃめちゃ増えていたのだ。 朝のラッシュ時のような混雑の中、途中で降りるため俺たちはドアの近くで足を止めた。奥まで進んだら降りられなくなりそうで。 「す、すごいね。……いつもこうなの?」 「いえ、いつもはもっと空いてますよ、……っと」 「姫ちゃん、大丈夫」 人並みに押されて俺がよろけると、尚希が俺を窓側に引き、自分が壁になるように俺を囲ってくれた。俺が他の人に押されないように、潰されないように尚希は正面に立つと、俺を守るようにしてくれた。 そこにいるだけでカッコいいのに、こんなことされたら自然と顔が赤くなる。 しかもこの空間で、この体制、この美貌。注目されないわけがなくて、俺と尚希はいったいどういう関係なのかという視線が痛い。 「Cresciuti fuori non per un po'.」(しばらく見ないうちに大きくなったね) 恥ずかしくて目を伏せていた俺に、唐突に尚希がイタリア語で声をかけてきた。もちろん俺にはさっぱりわからない。だけど尚希は嬉しそうに俺を見ながら、さらに声をかけてくる。 「Grazie per la Guida di oggi e vi ringrazio」(今日は観光案内してくれてありがとうね) 「……?」 何を言われたのか分からない俺に、尚希は笑顔だけ向けてくる。でも尚希が突然イタリア語なんか話したせいで、周りの視線は一気に引いた。たぶん、イタリア語なんてあまり話せる人もいなく、みんな若干の距離を置いたみたいだ。 と、同時に電車が大きく揺れ、俺は必死に壁に手をついた。 「僕に掴まっていいよ。……尚ちゃんだと思っていいから」 「ぇ……」 まさかここで天王寺の名前がでてくるとは思わず、俺は尚希を見上げてしまう。 「どうぞ」 「えっと、その……わッ」 電車が揺れた。俺はとっさに尚希を掴んでしまった。抱きつくように掴まってしまい、なんだか恥ずかしくて俯いてしまう。 (天王寺だと思って……) そんなことを言われたら、意識してしまう。きっと天王寺がここにいても、尚希と同じことをしてくれたと思うだけに、重なってしまう。 『姫、私から離れるでない』 妄想と現実が入り交じる。天王寺ならきっと俺を片腕にでも抱き寄せ、この人混みから俺を守るんだろうか、誰にも見えないように囲ってくれるかもしれない。そんなことを考え出したら、どんどん顔が熱くなってしまい、俺は完全に下を向いた。 それは電車を降りるまで、俺の熱は引くことはなかった。
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