1話

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「やっと見つけたわ」 俺たちの席に現れた髪の長い女性は、唐突にそう声を投げた。 「……しつこいよ」 どうやら尚希の知り合いらしく、不機嫌な顔になった尚希は女性をわずかに睨む。 「私は諦めないから」 「僕はきちんとお断りしたはずだけど」 「好きな人も恋人もいないって言ったじゃない」 怖い顔をした女性は、迫るように尚希に言い寄る。けど尚希は焦った様子もなく、それを軽くあしらうように返事を返す。 「タイプじゃないって言ったよね」 冷ややかな温度の声がした。 「そんなの付き合ってみなきゃわからないじゃない」 「わかるよ」 「どうしてわかるのよ」 少しヒステリック気味になった女性は、今にも尚希に掴みかかってきそうで、俺は肩をすくめて二人のやり取りに耳だけ向けた。 「なら聞くけど、君は僕の何を知っているの?」 「全部よ。何が好きで、どの雑誌に載っているのかも、行きつけのお店も、住んでる場所も全部よ」 迷うことなく女性は全部知っていると言った。それを聞いた尚希は少しの怒りを込めて、顔を歪ませた。尚希が怒っていると空気で分かった俺は、どんどん俯いてしまう。 「やっぱり家にイタズラしてたの、君だったんだね」 自宅を知っていると言った女性に、尚希は不機嫌を表に出した。 「あれは私の気持ちよ」 「Spazzatura(迷惑)」 尚希は冷たく綺麗な発音でそう返した。英語? 俺はよく聞き取れず尚希が何を言ったのか分からなかったけど、女性にはわかったみたいで、更に怒りを煽っていた。 「どうして私じゃダメなのっ」 女性は声をあげた。すると尚希はなぜか笑みを浮かべて女性を見る。 「見て分からない? 僕は今この子と付き合ってるんだけど」 「?!」 親指で俺を差しながら、尚希はとんでもないことを口にした。当然男の俺と尚希が付き合ってるなど信じるはずもない女性は、尚希に食って掛かる。 「男じゃない」 「僕は愛してるし、恋人同士なんだから邪魔しないでほしいな」 堂々と宣言した尚希は、俺にウインクを投げてきた。これってどうしたらいいんだろうか、と、俺は言葉に詰まって赤くなってしまった。 それをみた女性も怒りで顔を赤くする。尚希と女性の関係は今だによくわからないが、口を挟んではいけない雰囲気にのまれていた。
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