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「戯れ言を申すなっ」
開口一番に天王寺は、不機嫌丸出しで尚希に言い放つ。
い草のいい香りのする、何十畳もあるような部屋で、なぜか俺まで尚希の隣で正座していた。
「お願い尚ちゃん。お兄ちゃんを助けてよ」
「知らぬ」
「そう言わないで、ねっ」
バッサリと切られる尚希は、シュンと肩を落とすが、諦める訳にはいかないと、必死に天王寺に懇願する。
頼み事は、俺を一日恋人役で貸してほしいだ。
当然天王寺がそれを許可するようなことはない。それは初めからわかっていたから、俺と尚希は早々に正座しているのだ。なぜ俺までという思いはあったが、天王寺の不機嫌さをくみ取ったら自然とこうなっていた。
「姫を尚希兄さんの恋人に仕立てるなど、私が許すと思っておるのか」
鋭い視線で尚希は射貫かれる。
俺は「ですよね」と、思わず心でそう返事を返す。自分で言うのも恥ずかしいが、天王寺は俺に惚れすぎていて、一途すぎて、独占欲が半端ないのだ。未だに天王寺とだってデートとか恋人らしいことなんかしたことがないのに、尚希と恋人同士を演じるなんて、許してもらえないとはわかっていたんだ、俺も尚希も。それでもストーカーは何とかしたい、何とかしてあげたい、だから一応ダメもとでお願いにきた。
「尚ちゃん、一日だけでいいから、姫ちゃん貸してっ」
「断る」
「後で尚ちゃんのお願い聞いてあげるから、ね」
なんでも欲しいものを買ってくれると甘い誘いをかけるが、天王寺は顔色一つ変えることはなく、冷たく鋭利な視線を向けてくる。
「姫以外に欲しいものなどない」
思わず俺は、だと思ったと、天王寺の返答を予測できていた。恥ずかしいというか、もはや呆れると言った方が近いかもしれない。
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