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「うわ、こっちも美味いなぁ」
スコーンを思いっきりほおばって、お客さんが言う。
「ま、こういうザクザク系は確かに日本じゃ好みが分かれるけど、それだけで客が離れるとも思えへんなぁ」
「飲み込んでから喋れ。汚い」
長谷川がお客さんにじとっとした視線を向ける。
というか、なんでそんなにほおばったまま普通に喋れるんだろう。
頬袋がある系の妖怪なのかなぁ……?
「ってか、味も店構えも内装もええんに、なんでここ、こんなに客おらへんの!?」
半分独り言みたいに訊いて、スマートフォンに目を落とすお客さん。
「事情を知らないのは仕方ないが、それは笑香――店長のせいじゃない。ずけずけと事情に踏み込むな」
「長谷川」
私は名前を呼んで長谷川をたしなめた。
いくらなんでも今度はこっちの言い方がきつすぎる。
最初態度が悪かったのも、誤解が原因だったみたいだし、ちょっとくらい事情を話してもいいんじゃないだろうか。
そう思ったとき。
「単純なことですわ」
入口近くのテーブル席から声が上がった。
お客さんがびっくりしてそっちを向く。
さらさらの銀髪をわざとらしくかき上げて、そこにいた女性が笑う。
相変わらず、鼻にかかったイヤな笑い方。
呼び鈴には誰も気づかなかった。
単に話し込んでいたとかじゃなくて、『自分の存在感に気づかせない』という彼女の能力によるものだ。
「なんの用ですか、瑞鬼さん」
私はキッと、それこそ雪女らしい凍える目線で、彼女をにらみつけた。
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