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「あら、お客に対してツレないのねぇ。そんなんだから駅前にお客を取られるのよ」
「――失礼しました、ご注文をどうぞ」
「アイスコーヒー」
ギュッと唇をかみしめたまま、私は訊いた。
鼻で笑って一番安いメニューを注文する瑞鬼さんにどす黒い思いが渦巻いていると、長谷川の隣に座るお客さんが素っ頓狂な声を上げた。
「ああっ!? 『百鬼夜行』の二代目総大将――夜神瑞鬼!?」
「あらあらあら。ご存じだったかしら」
「これでもこの日勝美樹ちゃんはねずみ男一族の末裔、地獄じゃ情報通で通っとるからな!」
お客さんが椅子から立ち上がり、どこへともなくビシっと人差し指を突き上げる。
ねずみの妖怪だったんだ、それなら頬袋も納得。
でも、あんまり関係ないけど、これだけは言わせて。
「ねずみでヒカチ ミキって……だいぶ名前がアウトじゃないかな」
「名前のことは触れてやるな」
名前コンプレックスを持つ長谷川にツッコまれて、私は黙った。
「ってか、『百鬼夜行』言うたら地獄の中でも悪党どもの集う総本山やん」
「うふふ、誉め言葉だわ」
獣系の妖怪らしく、警戒して毛を逆立てる美樹ちゃん。
でもさすが『百鬼夜行』の総大将。瑞鬼さんは気にも留めないで高笑いしている。
瑞鬼さんが来るといつもだけど、今日はいつにも増して空気が悪い。
「それで、そんな『百鬼夜行』の総大将はんが、こんな辺鄙な喫茶店に何の用なん?」
「辺鄙っ!?」
「あっ、すまへん。今のは言葉の綾や」
美樹ちゃんと私のやり取りを聞いて、瑞鬼さんは馬鹿にしたようにオーバーなため息をついて。
たっぷりと息を吐き出したあと、またニヤリと笑みを作って、私たちのほうを向き直る。
「何の用も何も。私は笑香さんをスカウトに来ているだけだわ」
「その話なら断るって、毎回言っているでしょう!」
ぴしゃりと強い口調で、私は半分怒鳴りつけた。
もちろん、場慣れした総大将に、そんなの効果がないことはわかっているのだけど。
「やれやれ。なかなかわかってもらえないわね」
瑞鬼さんは笑っていない目で、口角だけを思いっきり上げた。
「――雪女族は人を直接殺めることができる妖怪の中でも高位の種族。それこそこんな外国かぶれの辺鄙な喫茶店でくすぶっていたらもったいないというのに」
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