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※ ※ ※
「――――…自分自身に気をつけ、我らの造り込んだものを失うことなく、あなたがたが満ち足りる報いを受けるようにしなさい。我が主の教えを踏み越えて、その中に留まらぬ者は神を持っておらず、主の教えの中に留まっている者だけが神を持つのです。もしもあなたがたの所に来る人が、この教えを持って来ないなら、家に迎え入れてはいけません。もしも招き入れたならば、あなたは邪悪な働きに加わることになるからです―――」
少年の高い声が淀みなく書に綴られた文字を読み上げる。
「宜しい。―――今日はここまでにしましょう」
「はい、先生。ありがとうございました」
にこりと微笑み、大きな車椅子に納まるヘーゼルがお辞儀する。彼の手には余りある聖書がぱたんと閉じられる。
車椅子の側で大人しく伏せっていた犬が尾を振りながらヘーゼルに甘える。勉強が終わったことがわかったのだろう。利口な犬だ。
アレックスがシンプソン家に来て少しの日が経った。
家庭教師兼世話係でもあるアレックスは、脚を弱くしているヘーゼルに付きっきりで世話を続けている。現状に変化はない。ヘーゼルの様子にしても、村の病にしても。
「明日は次の章に進みましょう。次は…」
何気なくページを捲り、あ、声にならない小さな呟きがアレックスの口の中で消えた。
捲る手が止まったページの挿し絵は、地獄の最下層でにたりと嗤う想像上の悪魔が描かれていた。
悪魔。
ひとを惑わし、魂を奪い去る。神とは真逆に位置する存在。
…そういえば、メイドたちから聞いたあの話も、元を辿れば悪魔から派生している存在だった…
「----魔女」
「え…?」
今の声は、ヘーゼルか?
は、と顔をあげ、ヘーゼルの姿を探す。
窓際で窓の向こうを見ていた子どもが、ゆっくりとアレックスを振り返る。
「アレックス先生は信じますか?」
閉じられたはずの、子どもの膝に乗っている本が開いている。開かれたページは、アレックスが捲る手を止めたページと同じ所だった。悪魔が次の獲物を狙って嗤っている。
「…何をですか」
「悪魔を。魔女の存在を」
開け放した窓から吹き込んできた風がレースのカーテンを大きくはためかせ、子どもの姿を隠す。
姿が見えないまま、その声はした。
「神がいるのなら、その対の存在である悪魔も、魔女もいる。ねえ、先生。そう思いませんか?」
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