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屋敷のエントランスホールへ駆け込むと、ちょうど施錠していたらしい執事長が振り返った。
勢い込んで走ってきたアレックスに面喰らっていた様子の執事長が落ち着かせるように言う。
「おっと…。やあこれは、アレックス殿。こんな夜更けに如何されたのですかな」
「坊ちゃんが…、ヘーゼル坊ちゃんが庭を歩いていくのが見えて…!」
「まさか…、坊ちゃんは脚を悪くされて車椅子なのですよ」
「とにかく。私は外を見てきます!」
だから鍵を開けてくれと請うと、執事長は困惑しきった表情を浮かべつつも鍵の束から一際大きな鍵を取り出す。
「わかりました。私は坊ちゃんの部屋を見て参りましょう」と言う執事に「よろしくお願いします」と見ないまま告げ、玄関扉のノブを掴む。
ほとんど外に飛び出しかけていたアレックスの背に、
「----先生?」
見知った高い声がかかった。
まさかと振り返ると、車椅子に収まった小さな主人がアレックスを見ていた。
「ヘーゼル、さま…」
呟いたアレックスの後ろで、ばたんと扉が閉まる。
「そんなに急いでどうしたの?」
不思議そうなヘーゼルに答える余裕もなく、アレックスは呟くように言った。
「ヘーゼル様、今までどちらにいらっしゃったんですか…? 屋敷の外に出ておられたのでは…?」
「いいえ」
アレックスを真っ直ぐに見てヘーゼルがはっきりと応える。
「いいえ。先生、僕はずっとお部屋にいました」
「アレックス様…」
メイド長が戸惑ったような気遣わしげな表情でアレックスを見ている。
メイド長。
思い出した。彼女はアレックスと話したあの後、ヘーゼルの様子を見に彼の部屋に向かったのだ。遅くまで書物を読んでいることも多いヘーゼルがちゃんと眠っているかを確認するために。
ヘーゼルが部屋を抜け出せるわけがない。
「先生、お顔が真っ青…」
心配そうに愛らしい顔を曇らせたヘーゼルが、後ろに控えるメイド長に声をかけて車椅子を押させ、アレックスの方へ近付いてきた。
そもそも歩くことの出来ないヘーゼルは、至るところで助けが必要になる。
…なら、あの時見た庭を歩く人影は一体誰だったのか…?
「アレックス殿、お疲れですかな? 今夜はもう遅い。貴方ももう休まれた方がよいでしょう」
「ええ…そうさせて頂きます」
執事の言葉に力なく頷く。
顔を曇らせたヘーゼルがそっと手を添えてきた。
「先生、よく休んでね…」
使用人を気遣う心優しい主人だ。
けれど、アレックスはこの時ヘーゼルを真っ直ぐに見ることが出来なかった。
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