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「ヘーゼル様、入りますね」 アレックスがその部屋の扉をノックすると、わん、と室内から犬の鳴き声が返った。 「すみません、お待たせしました」 言いつつ扉を開ける。 開けると真っ先に目に入るのは、広い部屋の奥、大きく壁を切り取った窓だ。開け放たれ、白いカーテンがはためいている。 窓辺には一台の車椅子がぽつんと背を向けていた。 こちらからは空の車椅子に見える。けれどアレックスはそこに誰が座っているのかを知っていた。 わん。 黒い大きな犬が一吠え、毛の長い尾を振りながら足取り軽やかに車椅子に走り寄っていく。側に行儀良く座ると、くぅん、と甘えた声をあげる。 椅子の影から現れた小さな白い手が犬の頭を撫でる。 俄にホイールが動き車椅子がアレックスを向く。 青い七分丈のズボンから伸びる棒きれのように細く頼りない二本の脚。 真っ白の開襟シャツに包まれた薄っぺらな肩。 白金の髪がかかる白くまろい頬。 その様は職人が丹精籠めて作り上げた精巧な人形のよう。 伏せられていた蒼い瞳がこちらを向く。 意思を持ったそれが瞬きをして、にこりと微笑む。それでやっと、アレックスに彼が生きた人間であると思い出させる。 車椅子にはひとりの少年が座っていた。少年といっても、彼は齢8歳の幼い子どもだ。 ヘーゼル・シンプソン。 この領地を治めるシンプソン侯爵のひとり息子にして、次期当主を約束された子どもである。
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