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「なぜ…、何故歩けないフリを?」
「どうして先生に話さないといけないの?」
小首を傾げて子どもに逆に問い返される。浮かぶ愛らしい純真無垢な笑顔。ここにきてアレックスはハッキリと確信した。
馬鹿にされている。
くそ温室育ちのお坊ちゃんが、大人を舐めてるんじゃないぞ!
「私はあなたの家庭教師です。ヘーゼル坊っちゃんがシンプソン家の次期当主となるに相応しい人格者とすべく勉学を教え、知識教養を授ける。私にはあなたの監督責任があるのです」
一瞬沸騰した頭を意地で鎮め、努めて冷静に説く。真っ向から言い負かしてやる。子どもが大人に口で勝てると思うなよ。
「家庭教師、ね」
「…なんですか」
何やら含みを持たせたヘーゼルの返答に訝しむ。
厳しい視線をものともしないヘーゼルが不意に「そうだ!」と場に不釣り合いな程明るい声をあげた。おもむろに半ズボンのポケットを探る。
「ぼく、先生に見せたいものがあったんです。文字の書き取りの宿題があったでしょ? きれいに書けたんだ」
「はい」と、昼間に見せるような愛らしい無邪気な顔でヘーゼルが紙切れを手渡してくる。場所と状況のちぐはぐさに目眩を覚えそうになりながら受け取ったアレックスは、何気なく開いた紙に視線を向けて凍り付いた。
子どもが書いたとは思えない端正な文字に驚いたのではない。
その綺麗な文字が綴っていたのは―――
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