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「坊っちゃん、アレックス様。お茶をお持ちしました」 ノックの音とともに扉の外からメイドの声がして、アレックスは勢い込んでいた口をつぐむ。部屋に入る前には誰もいないことを確かめたのにと歯噛みする。 そうだ。此処は多くの使用人が働く貴族の屋敷であり、いつ、誰に話を聞かれているのかわからないのだ。 傍らで大人しく伏せていた犬が立ち上がり、緩やかに尾を振って扉を見ている。その頭を撫で「入って」と、ヘーゼルが扉の向こうで待機しているメイドに穏やかに声をかけている。その横顔にはアレックスが感じているような動揺や焦りの気配もない。 ヘーゼルはよく解っているのだ。貴族である自らの生活は、何不自由ない快適さと引き換えに衆人環視とともにあると。 歩けるはずのヘーゼルが部屋に入ってからも車椅子を降りなかったのもそのためかと穿った見方をしてしまう。 それに短いやり取りを思い返せば、ヘーゼルは自らのことを話していない。 結局、暴くはずが暴かれたのはアレックスの方だった。くそ、と吐き捨てそうになり口を噛み締める。 「あら…、お部屋の入口にお二人ともいらっしゃって、どうされたのです?」 「先生の貸してくれた本の感想をお話していたら止まらなくなっちゃったの」 「まぁふふ…」 和気あいあいと話すヘーゼルとメイドに強張った顔を見せないよう、アレックスは意地で表情を取り繕った。
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