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シスターの部屋を辞して自室へ戻る途中、廊下の先から話し声が聞こえ、アレックスは脚を止めた。 見れば光の漏れている部屋がある。確か、あそこは食堂の厨房があったはずだ。 ふと思い立ち、脚を向けてみることにした。 厨房では、火にかけた大きな鍋をかき回したり、芋や人参等の野菜を刻んだり、大きな水瓶から水を汲み上げたり…メイドたちがくるくると立ち回っている。明日の食事の下拵えだろうか。 ぴかぴかになった皿を運んでいたメイドの一人が、入口に佇むアレックスに気付き「あっ、アレックス様」と声をあげた。 メイドは手近なテーブルに皿を置き、アレックスに近付いてきた。 「こんばんは、アレックス様。如何されましたか? お腹がお空きなのであればお夜食をご用意致しますよ」 「ああ、いえ。明かりが漏れていたので気になってつい覗きにきてしまいました。すみませんがお茶を頂いても?」 「はい、畏まりました。お部屋までお持ち致しますね」 「ありがとうございます。ただもう遅い時間ですから、こちらで頂いてもよろしいでしょうか? 勿論、御迷惑でなければ」 「迷惑なんて、そんなことありません。こちらへどうぞ」 気遣われたと、きちんと理解した様子のメイドが嬉しそうに厨房の中へアレックスを案内する。彼女に勧められテーブルに就く。 カップに茶が注がれ差し出される。 厨房内にいるメイドたちがチラチラとアレックスを窺ってくる。新しくやって来た家庭教師に興味津々なのだろう。「皆さんもご一緒にどうですか?」と誘うと待ってましたとばかりにメイドたちはテーブルに就いた。仕事中では? と、形ばかりの遠慮をしてみると、もう終わりですからと返すメイドが持つのはたっぷりの量が入るポットだった。 何か話を聞けるだろうかと足を運んでみたが、正解だったようだ。 この地方に、そしてこの屋敷に来て間もない。正真正銘部外者であるアレックスは何も知らず、”仕事”をしやすくするためにも情報収集は欠かせない。 王都で流行りの演劇や服装を話すと、都会の話題に年若いメイドたちの目がきらきらと輝くのがわかった。 「こちらの生活には慣れましたか?」 「アレックス様は王都からいらっしゃったんですよね。そちらでも教師を?」 「旦那様が直々にご指名されていらっしゃったんですからさぞ優秀な先生なのでしょうね」 次々される問いに「皆さんが良くしてくださるお陰で」「ええ。家庭教師ではなく学校の教師ですが」「まだまだ若輩者です」とにこやかにひとつひとつと返していく。
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