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「私も様々な生徒と出会ってきて比べるつもりはないのですが…ヘーゼル様は別格と言いますか、あれほど聡明な生徒にはお目にかかったことがありません。さすが貴族の名門、シンプソン家の御嫡子ですね」
アレックスがそう口にした途端、あれほど姦しかったメイドたちがふつりと黙り込んだ。しん、と厨房が静まり返る。
戸惑ったふりをしてじっと黙って出方を伺っていると、おずおずとメイドの一人が口を開いた。
「そう、ですね…。もともと坊ちゃんは我が儘を言ってわたしたちを困らせない優しいお方でした。けど…、お目覚めになってからは…その、なんだか違うというか…坊ちゃんはもちろん坊ちゃんなのだとはわかっていますが…坊ちゃんではないような気がして」
要領を得ない彼女の言葉にも、賛同するようにまた別のメイドが神妙に言う。
「あたしは小さな弟がいるので、流石シンプソン様のご子息様だと思っても、まだまだで甘えたい盛りの子どもだと思ってこれまではお仕えしていたんですけど、今の坊ちゃんは…」
「目覚める前と後では別人のようだと?」
アレックスが率直に聞く。彼女たちから否定の言葉はあがらなかった。
「滅多な事を言うものじゃないですよね…。目を覚ましてくれるだけで充分。わたしだって妹が目覚めてくれたら、もうそれだけで神様に感謝してもしきれないですから」
「そうね…。私たちもいつ影無しになるかわからないなかで、病から目覚めたひとがいるってだけで希望よね。あーあ、それにしてもほんと、いつまでこのままなんでしょうねえ…」
「病が怖いからってずっと閉じ籠ってるわけにもいかないし、ましてこの地から出て生活する術もないしねえ…」
「あー暗い話はやめやめ! 働いた分ちゃんとお給金も貰えて理不尽なお怒りもない。シンプソン様には感謝しなくちゃ」
「そうそう。それに、坊っちゃんがお目覚めになったことは喜ばしいことだもの」
「すみません、アレックス様。聞いていておもしろい話じゃなかったですよね」
「いいえ、とんでもない。私はここに来てまだまだ新参者ですから、皆さんのお話は聞いていて大変参考になります」
アレックスが微笑むと、メイドたちが一様にぽうと頬を染めた。自分の顔の使いどころは心得ている。「良ければ色々聞かせてもらえませんか?」と請うと、一も二もなく快諾が返ってきて、様々な話を聴くことができた。
此処に来てからというものほぼ屋敷から出ることはなかったので、アレックスは村の人々がどのような暮らしを送っているのかを知らない。が。なるほど。彼女たちの言うこれが市井の声なのだろう。
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