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さて…、これくらいかな。と思ったとき、世間話の続きをするようにメイドが言った。 「坊ちゃんまで影無しになってしまわれた時は、あたしの母さんなんてもう終わりだーって此の世の終わりみたいに言ってましたが、あたしはきっとお目覚めになると信じてましたよ。なんたってシンプソン家だもの」 「さすが魔女を退けた英雄の血筋よね」 「…魔女、ですか?」 「ねえ」と賛同していたメイドたちが、アレックスの疑問の声に、一様に不思議そうな表情を浮かべる。 少しして「あ、ああ…そっか」と誰かが納得したように呟く。 「アレックス様は王都からいらっしゃったからご存じないんですよね」 「ああ、そうでしたそうでした」 何が何やらのアレックスに「昔から此処で語り継がれているお話なんですけどね」と、メイドたちが明日の朝食のメニューを教えるように言った。 「この地方は、昔はそれは広い森が拡がっていて、そこには魔女が棲んでいたんです。人間が大嫌いな怖い魔女が。開拓者たちがやって来てこの村を作りましたが、森を切り開いて町を作ったので住み処を荒らされた魔女たちは怒り狂い、それは恐ろしい災いが村に降りかかったそうです」 「村人たちはもがき苦しみますが、この地を去っても行く宛はありません。その時に立ち上がったのがシンプソンの御先祖様だそうです。御先祖様が災いをかけた魔女と戦い、三日三晩の争いの末、この地から退けることに成功したそうです。だから、今でも悪いことがあれば何でも魔女の仕業だと言うので、影無しも魔女の呪いだって言われてるんですけど、唯一坊ちゃんはお目覚めになられたんですから、魔女を退治したシンプソン様はやはり別格なんですよ」 「懐かしい。わたしも母から小さい頃聴いたなあ」 「あたしは言うこと聞かないと魔女に連れ去られるわよ! って言われましたよ」 「あなたたち何をしているの」 不意に厨房の戸口から叱責が飛び込み、メイドたちがこぞって肩を揺らした。戸口には険しい顔付きの年配のメイドが仁王立ちしている。 「め、メイド長…!」 「休憩するのは結構だけれど、明日の仕込みは終わったの?」 「は、はい。終わりました」 「なら片付けて早く休みなさい。もう遅い時間なのだから」 「はい!」 メイドたちが蜂の子を散らすようにわらわらと慌てて散っていく。 その様子をただ見送りつつ、アレックスも遅れて席を立った。メイド長がアレックスに頭をさげる。 「夜分に長い間お引き留めしたようで申し訳ありません」 お休みなさいませ、とメイク長の言葉を背に受けながら厨房を後にする。 魔女。 呪い。 有用な話を聞けるかと思いメイドたちと話してみたが、今や科学を国をして推し進めているような時代であるのにまさか魔女とは。 魔女裁判や錬金術はもはや一昔前の話であり、いわば過去のものだ。 アレックスにとっては時代錯誤の言葉だ。 今聴いた話も、開拓の話が真実だとして、後はおそらく後世の人々が付け加えた創作だろう。 人智の及ばない厄災は当時の疫病や流行り病を指すことが多いし、統治者の権威を強めるために、厄災を統治者が終息させたと続くこともよくあることだ。 それに、いくらヘーゼルが病から唯一目覚め、その理由が定かではないからといって、ヘーゼルが魔女を退けた血筋の人間だからと特別視するのも如何なものか。 そう思うものの、余所者が四の五の言うことではないかと嘆息し、アレックスは自室へと引っ込んだ。
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