ネズミが諦めた日

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ネズミが諦めた日

この東洋に浮かぶ小さな島国では数週間前から奇妙な出来事が起こっていた。それはネズミの大量発生である。 南北斜めに細長いこの国の至る所にネズミは現れて、白昼堂々と残飯を食い荒らしたり、盗み食いをしたり、畑や家店などあらゆる所を荒らしていた。人々は物で叩いたり、網や罠でネズミを捕まえたりしたのだが、それがいとも簡単に出来てしまった。ネズミは一応逃げ回るのだが、いかにもやる気のないようにノソノソと走るだけで、その精彩を欠いていた。だが、おびただしい数のネズミは駆除されるよりもその総量の方が遥かに多いのであった。 町中や公園ではノラ猫や鳥類、爬虫類が我先にとあふれかえっているネズミに襲いかかったが、ネズミは特に逃げる素振りもなく捕まっていた。そもそも白昼堂々と表をうろついているネズミはたらふく腹を満たしたネズミたちで、ネズミ本来の俊敏性は失われていた。人や捕食生物が連日何百匹とネズミを捕らえても、ネズミは次から次へとまるで湧くかのように現れてその数は一向に減らないのだった。 そして一週間もするとほとんどのネズミたちはたらふく食べて動かなくなり物陰や片隅で寝っ転がっているだけになっていた。そして人々は特に害をなさないネズミを駆除しなくなっていた。と言うよりも駆除してもキリがないし、その費用もバカにならないので、黙認しているのだ。捕食生物たちも毎日毎日ネズミを捕らえ、捕食てきたので流石にもう満腹していて、何のヤル気も見せないネズミを追う気にはなれないのだった。 この一週間ネズミたちは何も好き好んで自ららを危険に晒してこんな行動をとったわけでは無かった。元はと言うと、この島国に暮らしていた全てのネズミは危機察知し、一斉に国外逃亡を試みた。しかし、この島国は国外との航行がほとんど無い為、国外への逃亡が不可能と知った上での行動だったのだ。全てのネズミは残された時間でその食欲を満たし、各々の時間を過ごしていたのだ。そう、この時この国の全てのネズミはもう完全に“諦めていた”のだ。 初秋の昼下がりのことだった。この小さな島国は増え過ぎた人口に対応すべく幾度と無く行われて来た無謀な埋立と突貫工事が原因で、一瞬で轟音と共に沈没してしまったのだった。
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