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魔女はだぁれ。
その小さな生き物は、一言でいえば薄汚かった。
布切れを巻いただけのような身形に、全身が泥に汚れ、自らの体液で顔をぐちゃぐちゃに濡らし、突くような臭いが鼻を刺す。
思わず眉をひそめると、その小さな生き物は殊さら顔を歪めた。
「ママぁ…」
雲間から差し込む月光が小さな生き物の輪郭を浮き上がらせると、そのみすぼらしさにはそぐわない、くりくりとした黒曜の玉が2つ濡れ輝いていた。
「…おちびちゃん。ママが恋しい?」
「ママ…っ」
嗚咽の中で何度も繰り返す様は、まるで壊れかけたレコードだ。
否、小さな生き物の心は確かに不安定で、レコードのように繰り返すことしか出来ないほどに壊れかけているのかもしれない。
私自身には露ほども関係ないことだが、ただ。
「…あなたの瞳はとても綺麗だから、うちへいらっしゃい」
折角の美しいものの輝きをみすみす失わせるのは吝かではない。
「但し、私は面倒が死ぬほど嫌いなの。ママとパパを探してあげる義理はないから、あなたが自分で探しに行くのよ」
「…っく、…えぅっ…」
「それまでは、私があなたの“ママ”の代わりになってあげる」
「ぅえっ…えっ、…ママ…?」
丸く蹲っていた小さな生き物は、不意を突かれたように頭を上げた。
黒曜石の輝きは、やはり美しかった。
「そう。ママとパパに会いたいなら、ついていらっしゃい」
暫し眺めてから自宅への道へ踵を返すと、少し遅れて小さな気配が後ろから追い付くのを感じた。
数歩の歩みで気配は離れ、慌てたように近付いてくるのを繰り返し、心に奇妙な感覚を覚える頃に、スカートの裾が重くなった。
首を動かして視線を落とすと、裾に小さな生き物がしがみついている。
「お、ぃて…かないでぇ…っ」
2つの玉の光が、再び歪み始める。
「…いかないわ。うちにいらっしゃいと言ったのに、置いていくわけがないでしょう?」
腰を落として、小さな生き物に告げる。
先ほど滝のような勢いとは違って、真珠大の水滴がぽろぽろと地面に落ちていく。
「ホント?」
「本当よ」
「やくそく?」
「ええ、約束するわ」
指を絡めると、小さな生き物はパッと表情に花を咲かせた。そして、細くて短い枝を精一杯伸ばして、身体を締め付ける。
布越しに感じる熱に、再び奇妙な感覚になったが、ツンとした鼻の刺激に、今絡み付いている生き物の身形を思い出して少しだけ後悔した。
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