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第1話 12月15日
適度に働き、全力で遊ぶ。
自由気ままな「オヒトリサマ」。
それが私。
その日も友人に紹介されて気に入ったカフェ&バー『Avalon』に一人、足を運んだ。
時刻は19:30。
バーとしてカウンター席が開かれる時間だった。
友人といつも過ごすのはティータイムなので、お気に入りの店の新しい顔を見られる期待に胸を膨らませていた。
カウンター席は10席。
友人曰く、限られた席数でバーテンダーとの距離が近いからこそ予約必須の人気席らしい。
今回、席の余りがあったので、そのまま予約を入れたことを友人に話したら大層な勢いで驚かれた。
「いらっしゃいませ。ご予約はされていますか?」
すらりとした長身に柔和な笑顔が特徴的な男性が迎えてくれる。
予約している事を告げると、店の奥へ案内された。
広いホールを抜けて階段を下ると、こじんまりとしたバーカウンターが置かれた部屋に通される。
静かなジャズが流れ、壁には絵画が飾られているので、ささやかな規模に品を感じさせる気遣いがあった。
既に数人が席について、連れやバーテンダーと談笑している。
カウンターには3人のバーテンダーが立っていた。
バーテンダーの内2人は、カフェで数回顔を合わせている。
初めて立ち入る場所に多少の緊張はあったが、それに気付いて少し心が軽くなった。
「いらっしゃいませ」
席に着くと挨拶と共に、おしぼりを渡される。
銀縁フレームの眼鏡の奥から覗く切れ長の目。
線の細い色白の中性的な顔立ちの青年は、初めて見る顔だった。
「初めてお会いする方ですよね。お名前聞いてもいいですか?」
私が唇を三日月の形に作って訊ねると、彼は少しだけ目を細めた。
「羽黒と申します。一杯目は私がお作りしても?」
「ええ、お願い出来ます?そうね…ゴッドファーザーを」
オーダーを受けると、彼は丁寧に、店のロゴが刺繍されたナプキンを二つ折りにしてカウンターに敷いた。
敷かれたナプキンの上にウイスキーとアマレットのボトルが置かれ、アイスの入ったグラスと続く。
それらを興味深く眺めている所に不意打ちで投げられた言葉。
「でも私、貴女とお会いするの初めてじゃないですよ?」
一瞬理解が遅れた。
「え…?私、お話したことありました?」
今日、バーの席を予約するまでにカフェを利用したのは3回。
友人と一緒のときはスタッフと話すことはないし、一人で利用した時も話したスタッフは彼とは別人だった。
そういう時の記憶力はいい方だし、カフェに通い始めたのは最近で、回数も片手で足りる程。
まして、人の目を惹きそうな風貌の彼の記憶がすっぽり心当たりがないことに戸惑いを覚えた。
「いや、お話したことはないんですが…。あぁ、そうですね。お会いしたというと語弊があるかもしれません。先日カフェにいらしたときに、私もホールにおりまして、ご友人と楽し気にお話されていたので、そのときにお見かけした…というのが正しいですね」
「あ、そういうこと。びっくりした…話しているのに覚えていないなんて、凄く失礼なことしちゃったのかと思った」
淡々と話す彼の言葉で、漸く記憶と現実とのすり合わせが合致する。
無意識に安堵の息が零れていた。
そのタイミングで、表情の変わらない整った顔立ちの瞳に、意外とも不思議とも取れる色が浮かんだ。
それで、何となく悟ってしまった。
彼は、同じ言葉で同じ反応を見せられ続けてきたのだろう、と。
それならば今のやりとりも、彼の中での決まった「流れ」であり、本当に覚えている訳でもなさそうだ。
こちらは本気で無礼なことをしてしまったと不安になったのに、失礼な話だ。
少し、意地悪な心が芽生えた。
「…でも私、お邪魔するようになったのは最近だし、友人と来たのも2回だけよ?ご自身がお給仕した訳じゃないのに覚えているなんて、凄いですねぇ。お話したことがない羽黒さんに顔を覚えられるほど私達、煩かった…?」
「そんなことは…。とても楽し気にされていて華やかだったので、自然と目で追っ…目が惹かれて…あぁ、いや、惹かれたというか…変な意味ではなく…」
言い淀んだ彼の言葉で、予想は確信に変わった。
彼は普段から、彼の外見に酔った相手が喜ぶ言葉回しを選んでいる。
事務的に、規則的に、機械的に。
だからこそ、彼が無意識で遣いそうな言葉で下手な誤解を招いてしまいそうな言い回しを引き出させてみたのだが、それに気付く頭の回転の速さがある。
下手に気を持たせないよう、きちんと線引きもしている。
正直な人だな、と思った。
「私、人を観察するのが好きなので、見るのが癖になっているんですよ」
彼がそういうのとほぼ同じタイミングで、琥珀色のカクテルがコースターの上に置かれた。
「あら、一緒ね。私もそう」
彼の作ったカクテルは、彼が紡いだ言葉のように綺麗で、甘かった。
ただ、それだけ。
空っぽで、淋しい味だった。
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