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第11話 7月22日(1)
その日は友人である彼女に誘われて美術館に行った。
期間限定で行われている彫刻展。
とても美しく、時代を超えて愛でられるのがよくわかる作品が多い。
その中でも特に印象的だったのが、平河に良く似た青年の彫刻があったことだ。
展示ホールを回りきった後、私達はそれを話題にティータイムを過ごす。
『Avalon』に従事するスタッフの話の流れで、自然と直近で足を運んだ時の話になり、羽黒の話題になった。
会っていなかった間の一連の話を聞くと、彼女は悪戯っぽく面白そうにニヤける。
「あらぁ♥それは随分と好かれてますねぇ」
「まさか。物珍しくて一時的に懐いているだけですよ」
注文した抹茶あんみつの寒天を頬張る。
美術館の近くに店舗を構えているこの店のあんみつは美味しい。
「そうですかぁ~?そんな茶目っ気ある羽黒さん、今まで見たことないですよ私」
「最近よく私の座る席の近辺で彼が給仕しているから、自然と目に入ってくる回数が多いんですよ、きっと。席が近いと嫌でも目に入りますからね」
「それ、狙って近くをうろついているのかもしれませんよ?貴女に構って欲しくて♥好かれ…懐かれちゃってますから♥」
「ふは、無い無い」
抹茶アイスを掬って口に運ぶ。
店内は昼過ぎのピークを迎えていて忙しない。
人気店だけあって、店の外まで行列が出来ていた。
「…そんな感情あったら、前にご一緒した時もそうだけど、眼鏡を掛けた方がいいっていう人間に『絶対に掛けません』なんて喧嘩を売ってくるような態度は取らないでしょう?」
「あら。あの時からはだいぶ時間が経っていますもん。もしかしたら心境の変化があったのかもしれませんよ?それに、『絶対に掛けません』なんて言ったのも、貴女の気を惹きたくて天邪鬼なこと言ったんじゃありません?」
身を乗り出してキラキラした顔を見せる彼女に、曖昧に笑う。
確かに半年前の初対面時と比べて、最近の羽黒は急に空気が柔らかくなった。
今まで給仕に従事するだけの人形のような淡々とした表情も、笑う顔をよく見ている気がする。
ただ、それを短慮に好意と結びつけるのはいかがなものか。
それを判断する要素が、まだ私自身は足りていない。
直撃する冷房と抹茶アイスで身体が冷えてしまったので、セットになっていた緑茶で暖を取った。
もともと抹茶を売りにしていた店だけあって、緑茶は美味しかった。
夏の暑さから店内に逃げ込んだときに出された焙茶も。
一口を大きく啜ると、彼女は頬に両手を当てて楽しそうに口を次ぐ。
「でもぉ…そんな話を聞いたら、久しぶりに私も貴女と『Avalon』に行きたくなっちゃいますねぇ♥ね、このあとってまだお時間あります?お席に空きがあったら行ってみません?」
「えっ?これから?」
たった今、空いたばかりの器に視線を向けた。
「行ってみるだけ」
「…今日、日曜日ですよ?」
「勿論、空いてなかったら他で時間を過ごせばいいし。ねっ?♥」
こういう積極的なスイッチが入ったときの彼女は、揺るがない。
短い付き合いだが、そんな中でも親しくなった彼女の性格は知っている。
観念するしかない。
「構いませんけど…今、食べたばかりだから。少し、買い物に付き合って頂いてからでも大丈夫ですか?」
「勿論ですよ!」
パッと、花が咲くように彼女の顔が明るくなった。
彼女は私よりも年上だった筈だが、無邪気さが可愛らしい。
自分にはないものなので、ついつい甘え上手な彼女に付き合ってしまう。
「嬉しい♥お買い物はどちらに行きましょうか。何を買うの?」
「この前、使っているシュシュをどこかに引っ掛けてしまったみたいで生地が裂けちゃってて。新しいのが欲しいなって思ってたんですよ」
「じゃあ、雑貨屋さん巡りしましょう?夕方くらいに『Avalon』につくつもりで行きましょう♪」
大雑把に行動の指針を決めると、彼女は荷物をまとめて伝票を持った。
「善は急げっていいますからね。行きましょうか♪」
「ふふっ。その行動力、感心します」
「あら。それに付き合ってくださる貴女がいてくれるからですよ」
支払いを済ませて店を出た瞬間、夏の熱気が身を焦がす。
一時、暑さを忘れた身体は一気に火照りを取り戻した。
「…あっつい……」
鼻の頭に浮かぶ水滴をハンカチで軽く押さえる。
休日ということもあって、歩道は人で溢れていた。
すれ違う人々は性別も人種もグループ人数や関係性も異なっているが、一様に額から汗を零している。
それが蒸発して湿気の原因にでもなっているのかと思ってしまうくらい、空気が薄い。
呼吸がしにくくてクラクラした。
「ね、もし席が空いていて、お給仕が羽黒さんだったらどうします?」
「まさか。ただでさえ休日の席は競争率が高いのに、そんな偶然は重ならないでしょう」
「わかりませんよ?今、貴女には近くを彼がうろつく“呪い”が掛かってますからね♪」
自分と同じように汗を浮かばせた彼女だったが、とてもキラキラして見えた。
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