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第13話 7月22日(3)
彼女は声をあげて笑う。
「あははっ!まさかそんな単純な理由だと思わなかった…ふふっ、おっかし……!」
「変ですか?」
「いえいえ!でも羽”黒”だから、好きな色は黒なのかと思ってました。ほら、イメージってあるじゃない?」
得意な軽口を叩く彼女に、羽黒は笑顔を貼り付ける。
「私服は黒が多いですけどね」
「あぁ!そんな感じ!あっ、ねぇ。じゃあイメージで頼んだ桃色のカップって、羽黒さんにとって私はピンクのイメージってこと?」
そんなやり取りを尻目に、私はふと疑問を心に浮かべていた。
ティーソーサーがパステルグリーンで鮮やかなノリタケの”ヨシノ グリーン”や美しい緑のシダ植物が描かれた”グランヴェール”、同じウェッジウッドならエメラルドグリーンと金色の彩色が美しい”ランボーン”。
『Avalon』ではもっと緑が印象的で綺麗なカップがある事を、私は知っている。
その中で目の前に置かれたカップの緑は、些か印象に欠ける気がした。
「…じゃあ、彼女はどんな色?」
不意に振られた声で我に返る。
何の話しかと思えば、お互いのイメージカラーを言い合っていたようだった。
向かいでウキウキと彼女は彼の回答を待っている。
「…彼女は深い青ですかね。黒に近い、深海の底のような…」
「あぁ、確かに。腹の内は黒いかもしれませんね」
じっと視線を向けていた彼の答えに、さらりと私は納得した。
私の言葉で、彼女はまた声をあげて笑う。
「あははっ!悪口ですか?羽黒さんひどーい」
「違いますよ!そういうつもりで言った訳じゃ…」
珍しく狼狽えた声を出す彼を横目に見ながら、しれっとカップに注がれた紅茶に口を付けた。
それなりの味。
不味い訳ではないが、退屈な味だった。
「…美味しいですか?」
ふと問われて、カップを口につけたまま視線を動かした。
羽黒が柔らかい視線を向けて首を傾けている。
「まぁ、美味しいですよ。味はね。…でも、コレなら羽黒さんの淹れてくれた紅茶の方が好きです」
「…あら。ありがとうございます」
羽黒は一瞬、不意を食らったような顔を見せた。
そして嬉しそうに微笑む。
「最近はフロアに出ていることが多いけど、もう紅茶の担当はしないの?」
「私自身は担当したいんですけどね。新人教育や人員の配置で中々タイミングが取れないんです」
「そう…残念ね」
それだけ言って、二口目の紅茶を啜る。
「私、羽黒さんの淹れた紅茶、飲んだことが無いんですよね。一度飲んでみたいわ。美味しく淹れてくれるの?」
話しを聞いていた彼女が、そう呟いた。
「初めて飲んだ時はそんなに美味しいと思わなかったけど、最近の羽黒さんの紅茶は美味しいですよ。ちゃんと頑張ってるんでしょうね」
「えーっ!そんなこと言われたら、ますます飲みたくなっちゃう。羽黒さん、ちょっと紅茶担当して来て下さいよぉ」
「…私にはこちらのテーブルの配膳を担当する重要な役割がありますから、今日は無理ですね」
羽黒はニコリと顔を作ると軽く流した。
それに口を尖らせて、彼女は背もたれに体重をかける。
「今度、羽黒さん指名でデリバリーでも頼もうかしら」
「もしそういったサービスが出来たらお淹れしますよ」
「いいですねぇ♥愛情いっぱい入れてもらわなくちゃ♪」
「これでもかっていうくらい愛情を込めて淹れますね」
「あははっ!それは何か重そうだからやだー!」
ケラケラと彼女は無邪気に笑う。
その様子を我関せずで料理に手を付けていた私と、彼の視線がぶつかる。
そして、彼は営業用の顔でニコリと笑った。
「…貴女も紅茶を飲むときは私を指名してくれますか?」
「んー…。紅茶は専門資格を持っているスタッフがいるじゃない。私はその方にお願いしたいから、多分しないわね」
口の中で咀嚼していたものを飲み込んで、彼の質問に答える。
彼の表情が翳ったのがわかった。
それに気付いて、正直に答え過ぎたかと思う。
「やだ、そんなこと言ったら可哀想じゃないですか。こういうときは、彼をちゃんと指名してあげなきゃ」
「あ。…そうね、うん。ごめんなさい」
「…いいんです。羽黒もいつか指名してもらえるように精進しますから」
そういうと、羽黒は一礼してその場を去った。
彼女はそれを見送ると、周りを気にするようにして私を嗜める。
「んもう。ダメじゃないですか。私だって”プロ”に淹れて欲しいけど、ああいうときは嘘でもご機嫌とってあげなきゃ」
「あはは。つい…」
「まぁ、私は貴女のそういうところが好きなんですけど。彼、あからさまにしょんぼりしてましたよ?大好きなあなたに突き放されて、裏で泣いてるかも」
空笑いをすると、彼女は泣くような仕草を作って見せた。
「さすがに私1人の発言でそんなことにはならないでしょう」
「もー!貴女ってば、ホントに自分のことに頓着がないんですから!”特別な人”の発言がどんなお客さんの声よりも影響力があるに決まってるじゃないですか!」
「店でしか会わない人を”特別”と言われても…。んー…例えば、プライベートで偶然、どこかで何かしら関わることがあったら、多少はそういう方面でも考えるかもしれませんね」
どうしたら彼女の妄想を落ち着かせられるか考えながら、そんなことを答える。
答えに満足しない彼女は口を尖らせた。
そして、自棄になったように料理を口に放り入れた。
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