第15話 11月14日(2)

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第15話 11月14日(2)

0時を回った。 ボジョレー解禁の乾杯をすると、より一層ホールは賑やかになった。 葡萄の出来を確認する為に作られる若いボジョレーは、好みとは違う。 だからこそ殆ど飲むことがなかったのだが、そのワインはそれなりに美味しかった。 ボジョレー以外にも用意されていたワインの提供ブースに列が出来る。 『Avalon』には羽黒以外にも顔立ちが整った男性スタッフが何名か働いている。 それを目当てにしている参加者達はこぞってそのスタッフの提供ブースに並び、提供ブース以外で給仕をするスタッフは、羽黒と同じように周りを囲まれているように見えた。 私はさりげなく人混みを避け、比較的に少ない行列に並ぶ。 漸く自分の番になって視界が広がると、提供スタッフが高杉であることに気付いた。 「…あら。高杉さんにお会いするのは久しぶりかも」 「そうですねぇ。なかなかお会いするタイミングがありませんでしたからねぇ…ご無沙汰しております」 銀縁の眼鏡をかけた彼は私の言葉に相変わらず柔和な笑みを浮かべて会釈した。 「高杉さんとここでお話しできて良かった。前に高杉さんとお話しして好みが似ていることはわかっているから、どうせ飲むなら貴方のオススメを聞きたかったの」 「それはそれは…光栄ですね。色はどちらを?」 「もちろん、赤で」 そういうと、彼はニヤリといたずらっぽく笑う。 「そう仰ると思っておりましたので、高杉はコチラをオススメしますね」 高杉はアイスペールに冷やされているボトルを引っ張り出した。 簡単にラベルについての説明をして、グラスに注ぐ。 綺麗な真紅だった。 「こちらは赤ですが、常温時より冷やした方が味が深まる特徴がありましてね。飲みやすいですし、深いワインがお好きな貴女にはうってつけかと」 「ありがとう。楽しんでみますね」 グラスを受け取って会釈した。 近くを見回して人の少ないスペースを確保する。 そこでグラスに口を付けると、確かに飲みやすくて面白い味だった。 ベリーのアロマが前に出ている割に、どこかスモークが香る。 時間が経過するにつれて少しずつその香りの印象が変わっていった。 私はそのワインが気に入り、グラスを空にしてまた提供の列へ並ぶ。 それを何度か繰り返していると気付けば2時間が経とうとしていた。 場が落ち着いてきた会場は少し様子が変わっている。 泥酔状態になった女性は大声で笑い、お気に入りらしいスタッフに絡んでいるし、地べたに座り込んで膝を抱えている人や休憩用のソファにスカートで脚を広げて寝ている女性が目立つようになっていた。 その状態に少しげんなりしていると、高杉が中身の入ったワイングラスを持って視界の端を歩く。 そのまま素早くグラスを煽った高杉を見て、驚いて目を瞬かせていると、彼と目が合った。 彼は、にっこりと笑顔を作ると近付いて来て口元に人差し指を立てた。 「…ここまで場が落ち着いたら、我々も無礼講です。こんなにいいワインを揃えているのに、楽しめないなんて悲しすぎますからねぇ。スタッフも味を知る勉強が必要でしょう?」 「…ぶふっ」 悪びれもなくそう言う高杉に、思わず吹き出した。 「本音が漏れちゃっていますよ。もしかして、酔っていらっしゃる?」 「まさか。この程度の度数の酒で酔うなんてことはありませんよ。…それよりグラスが空のようですが、何かお持ちしましょうか?」 「ふふっ。じゃあ、また高杉さんチョイスでお願いしようかしら」 「もちろん」 高杉が勧めてくれたのは白ワインだった。 彼曰く”ある程度の酒量が入っているのであれば口直しに酸味が必要”だそうだ。 白は苦手だと思っていたが、実際に飲んでみると確かに飲みやすくて口直しとして酸味が心地よかった。 「やっぱり酸味が強い、けど…美味しい……」 高杉のチョイスはやはり自分に適している。 それが改めてわかって嬉しくなって口元を緩めた。 ―ドンッ そんなことを考えていたら、誰かと肩がぶつかってしまった。 「あ、ごめんなさ…」 立ち止まっていたので、誰かの進路を邪魔をしてしまったかもしれないと顔を向ける。 視界に映ったのは、相変わらず女性を引き連れている羽黒だった。 彼はこちらには気付かない様子でその場を通り過ぎる。 訳がわからずに様子を見ていると女性がふらついて彼にぶつかりそうになった。 彼は女性の肩に触れてそれを防ぐ。 そのうえ、ぶつかりそうになっていたことや無防備に触れてしまったことに対して謝罪をしているようだった。 彼が謝罪した相手より、私はかなり強くぶつかった。 彼にもそれなりの衝撃があっただろう。 フラフラとまっすぐに立てていない女性にぶつかる前に気付くのであれば、酔いもせずふらついてもいない状態で立っていた自分にぶつかって気付かない筈はない。 (なんなの…?わざと?いや、でも今日ほぼ話してないのに…なんで…?) 顔すら向けずに去った彼にモヤモヤとした感情が生まれる。 いい気分に水を差されてしまった。 色々と思考を巡らせたせいで酔いも冷めている。 それが決定打になり、私はたけなわを過ぎたイベント会場を早めに後にすることを決めた。
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