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第4話 1月19日
気付けば年が明けて最初の月も後半戦。
『Avalon』では少し遅めの新年会と称して日本酒の試飲会が行われるようだった。
ウイスキー、ワイン、日本酒、ブランデーにビール。
血液がアルコールで出来ているのではないかと言われても過言ではないほどのアルコール好きの私には、抗えない誘惑だった。
珍しい日本酒の銘柄が揃うという謳い文句に誘われ、フラフラと一人で参加を決めてしまった。
パーティは立食形式で、食事も飲み物もセルフサービス。
スタッフの余興を肴に飲食を楽しむスタイルだった。
中肉中背なロマンスグレーのソムリエが開始の挨拶を終えると、一気に場が賑わった。
「さて、始まったばかりではありますが、これから余興という名のスタッフによるイベントを始めさせて頂きます」
マイクを通した聞き心地の良い低い声。
誘われるように顔を向けた先にいたのは高杉だった。
エントランス階段を数段登り、頭一つ分飛び出た彼の雰囲気は以前に会ったときと随分と異なっていた。
ノンフレームの眼鏡からコンタクトに変えたようだ。
髪も遊びを利かせてセットされている。
「司会は私、高杉が務めさせて頂きます。しかし、何分こういうたことには不慣れなもので、羽黒にサポートをお願いするとしましょうかねぇ…」
剣呑とした話し方は、外見と違って変わりないようだ。
驚きはしたが、それに気付いてホッとした。
「名前を呼ばれましたので、私もご挨拶を。羽黒でございます。本日は皆様に楽しんで頂けるように努めますので、どうぞ宜しくお願い致します」
艶のある静かな声が響く。
遠目から見ても凛とした顔立ちがわかる、モデルのようなスタイルの美青年。
壇上に立つ彼は「羽黒」と名乗ったが、記憶の「羽黒」という男性とは別人のように印象が違っていた。
眼鏡を外し、髪をセットしている。
それは先に挨拶をしていた高杉と同じなのだが、バーで話したときよりもテンポのいい話し方で、所謂「今時の爽やか青年」に近い。
まるで「羽黒」という男性が二人いるようだった。
彼は挨拶を済ませるとその場を離れた。
記憶の差異に戸惑う私を置いて、イベントはつつがなく進行していく。
私も戸惑いながらも、日本酒を求める列に並んだ。
いくつか準備されている銘柄に悩んだものの、提供スタッフに勧められた日本酒を選ぶ。
フルーティでスッキリとした味わいのそれは、白ワインを飲んでいるようだった。
「今回ご用意したお料理と日本酒ですが、お楽しみ頂けていますでしょうか。無類の酒好きの高杉は、皆さんが羨ましくて仕方ありません。皆さまが帰られた後、ご相伴に預かろうと目論んでおりますので、ちょっとは残しておいて下さいね」
3杯目の日本酒を飲み始めた辺りで、高杉がそんなことをマイクで零した。
珍しい日本酒に誘われて一人参加を決めた自分と重ねて、思わず笑ってしまった。
やはり彼とは感覚が似ているようだ。
そんなことを考えていたら、会場フロアを歩いている羽黒が目に留まった。
彼はこまかく周囲に視線を配っているようだった。
料理皿を片付けたりするタイミングで、女性客に何度か話し掛けられている。
話し掛けられているときの彼は、バーで話したときの印象と同じだった。
眼鏡をかけていない分、表情がよく見える。
アルコールが回っているからか、それが面白く思えた。
「ねぇ、羽黒さん?」
「はい」
顔を上げた彼は、初対面よりも少しだけ幼く見えた。
「今日は眼鏡じゃないのね。雰囲気が違い過ぎて、誰だかわからなかった」
彼は目を細めて笑った。
ピリッとした冷たい空気が通ったようだった。
眼鏡というフィルターがないだけで、ここまでわかりやすく感情が伝わる人間に会うのは初めてだ。
「ただ…羽黒さんは眼鏡をかけてる方がいいわね」
彼の商売柄、こういう感情が伝わりやすいのは不便だし、円滑なサービスを好む彼にとっても求めているものではないだろう。
存外、不器用なようだ。
きっと決まった言い回しも、不器用な彼なりの処世術なのかもしれない。
「ははっ、そうですか。善処します」
彼の目は笑っていなかった。
言葉にも、感情がない。
おそらく「眼鏡を掛けてる方が格好いい」と、彼が言われ続けているであろうテンプレートと同等にしか思っていない。
こちらが言葉に含めた本当の意図には気付かないだろう。
私は、目の前にいる相手と向き合うことをしない人形のような彼が、少し苦手だ。
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