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購買で焼きそばパンとコーヒーを二つずつ買って中庭へ向かう。いつの間にか、スケッチブックに鉛筆を走らせる友人の隣での昼食が日課となっていた。
彼女と俺は性別が違うから「付き合ってるのか」と揶揄われることもある。俺はしばらく誰とも付き合うつもりはないし、彼女もないだろう。以前の彼女なら周囲の噂話に何かしらの反応を示したかもしれないが、今の彼女は俺のことなんかどうでもいいはず。俺の友人は今、絵に恋をしているから。
恋をするのはいいが、彼女は少々盲目に過ぎる。ヒートテックとカイロが手放せないこの時期。中庭で絵を描き続ける友人をどうして放っておけよう。
「飯食ったかぁ、怜!」
中庭の入口で声を張り上げれば、首が左右に振られる。予想通りだ。
「ほら。とりあえず食べとけ。テストで頭使ってんだから」
「ありがとう。いくら?」
「いらない」
「んーと、二百円かな」
俺の言葉を無視した彼女は小銭入れから百円玉を二枚取り出した。財布を出してそれを受け取る。貸しを作るのは嫌だ、と奢られようとしないところを好ましく思う一方、もう少し人に甘えてしまえばいいのにとも思う。
ベンチに座ると足元に猫がやって来た。動物には好かれる方だから珍しいことじゃない。それに、今日の白猫には見覚えがある。この子は中庭の常連さんだ。
ゴロゴロと喉を鳴らす白猫を好きにさせながら、怜に話しかける。
「今日は何を描いてるの?」
「花壇全体。何日かかけて描いてみるつもり」
「おぉ、完成したら見せてよ」
こちらを向くことなく首肯した怜に苦笑して、コーヒーを飲む。温かいのにして正解だった。寒空の下。冷たいベンチ。凍えた体にホットコーヒーが沁みる。
袋から焼きそばパンを出して齧りつく。ん、うまい。
舌鼓を打っていると、足元で丸くなっていた白猫がミャアと鳴いて向こうへ走って行く。どうしたのかと首を傾げたのは一瞬。近づいてくる足音で理由を知った。
「何してんだー、おふたりさん」
この先生は動物に嫌われる性質だ。
「よ、タカセン」
「おう。テストどうだった、居眠り少年」
「二十分で七割埋めた」
「そりゃあ重畳。他の科目では寝てねぇな?」
「もちろん。つーか、なんでタカセンが起こしたの。試験監督の先生は?」
スケッチブックを閉じた怜が、コーヒーのキャップを捻りながら言う。
「頑張ってたよ、先生。揺すっても叩いても起きなかった千晶が悪い」
「白石の言う通り」
「マジか……」
己の失態に閉口する。白石怜と高城先生が揃って冗談を言うとは思えない。この人に起こされるまで本当に起きなかったと考えるのが自然だ。
課題を片付けるのに手間取ってそれなりに遅くまで起きていた記憶はある。それでも試験中に熟睡はないだろう、普通。
「ま、そういうこともあるだろ」
「うんうん」
試験中に寝たことがなさそうな人に慰められてもなぁ。
不貞腐れながら焼きそばパンを頬張ると、先生の笑い声が聞こえてきた。
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