迷い子に言の葉を

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 聞き慣れた誰かの声。髪をかき混ぜる大きな手。あぁ、思い出した。 「おーい。起きろ、千晶(ちあき)」 「タカセンのてのひら、おおきいね」  真白の紙の上で、腕を枕代わりに眠っていたらしい。  視線を上向ければ馴染みの教師の顔。ボサボサの髪と気怠げな態度のせいで老いて見えるが、彼は自称二十代だ。 「寝言は寝て言いなさい。あー、いや、違う。起きろ。テスト時間終わっちまうぞ」 「……なんて?」 「テスト終了まで残り二十分だ。俺が作ったテスト無駄にすんなよ」  がばりと上体を起こす。腕の下にあった白い紙は英語の答案用紙。その下には「期末試験」と表紙に書かれた問題用紙がある。  今日は期末テスト最終日。そして今は、英語の試験中だ。  はっきりと覚醒すると同時に、解く問題の選別を始める。時計を見る時間も惜しい。タカセン──高城(たかぎ)先生の言葉を信じるなら残り二十分。リスニングは半分解いてある。音声を聞きながら寝てしまったのだろう。リスニングの残りは捨てだ。出鱈目に数字を入れて運に任せるのが関の山。単語と文法はすぐにわかるものだけ解こう。配点が低い問題に悩む時間はない。  長文をいくつ読めるか。この試験の出来はそれで決まる。英語の読解は現代文に比べれば難しくない。読めれば解ける。あぁ、最後のページも確認しないと。あの先生はたまに遊びを入れるから。ラッキー問題は落とすべきじゃない。  思考しながら猛然とシャーペンを走らせる。  テスト終了を知らせるベルが鳴った時。俺は、リスニングと比較的配点の低い長文ふたつを除いた七割強の問題を解いていた。  どくどくと心臓が大きく脈打っている。ここまで必死になったのはいつぶりだろう。文化祭の準備か、体育祭のリレーか。テスト終了時独特の喧騒に包まれる教室の隅で深呼吸をして、鼓動を落ち着かせる。  久しぶりに、何かを楽しいと感じた。
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