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脱サラして会社を経営することに妻は難色を示した。内勤に異動になってから年俸も減り、純平には以前の覇気が失われていたからだ。
「この歳で、この貯金で……。今、あなたが失敗したら 貴之を大学に入れられなくなるのよ」
「失敗すること考えて、ものごと進める馬鹿がどこにいるんだ」
「今の生活より惨めになるなんて、耐えられないのよ」
「だったら別れればいいだろう」
貧しては窮する問答に、何度も妻に手をあげそうになった。それでも最後には妻の言い分に従い三年もの期間、同じことを繰り返している。
「今しかないんだ。えり子」
「あなたなら、何でもできるわよ。純平……」
あいつにえり子の何分の一でも、俺を信じてくれる気持ちがあったら……。
バスローブの裾を捲り上げる。真っ白い太腿が大都会を前に露わになった。
「じゅんぺい……」
切なげな吐息に混じる声が、熱い。えり子の小さいため息が耳にかかる。
純平は身震いをした。そうだ。全て成功させれば良いんだ。家庭を守り、貴之を大学に進学させる。親としての責任は全うする。えり子にも贅沢な暮らしをさせる。
ーー絶対に成功させるんだ。
四十を前にして人生に一花咲かせるとするならば、これ以上の躊躇は眼下に眩しく広がる都会の波に、飛沫として儚く散る。
ーー今だ。今なんだ。俺にはできる。
我、時を得たり。
腹の底から湧き上がる野心に、下半身のタクトはへそに向かい上を指した。
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