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第一話 冬生
冬生(フユキ)が九歳の頃のある夜だった。
夜中に目が覚めると隣で寝ていたはずの、八つ年上の兄の姿がなかった。兄がいないことに不安を感じて、冬生は布団から抜け出した。ふいに隣の部屋から物音がする。二年前に父と再婚したばかりの義母の寝室だった。扉が少しだけ開いていたのでそこから中を覗いた。部屋の隅に置かれた姿見に兄が映っている。薄暗い中、兄はベッドの上に座っていた。彼の前に誰かいる。薄闇に生白く浮かぶ、裸の背中。髪型から義母だとわかる。
同じように何も身に着けていない兄の首筋に義母が顔を埋めている。兄は無表情で、されるがままだった。義母の頭が少しずつ下がっていった。首筋から胸へ、腹へ……。冬生はハッと息を呑んで後ずさった。
その時だ。兄と目が合った。姿見越しに視線がかち合った瞬間、兄の表情が凍り付いた。
泣くのでも、怒るのでもない。兄の顔は完全に硬直して、暗がりにいる冬生を凝視していた。
冬生はおそろしくなった。足をもつれさせながら布団に戻ると、頭から毛布を被った。
密室の行為がどういう意味を持つのか、冬生はまだ知らなかった。
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