第1話 親子の再開

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 時刻は15時。ここは都会と比べて平均気温が7度以上低いとはいえ、夏の日差しが強いので木陰に入って城壁等を描く。  時たまこの史跡に観光客が訪れ、そのうちの数人が絵描きを珍しそうな目で見ながらやって来てスケッチブックを覗き込む。そんな通りすがりの見物人に挨拶を交わすか笑顔を向ける程度にして、視線を前方に向け、鉛筆を忙しく動かし、これ以上声をかけにくい雰囲気を作り上げる。  日がかなり傾いてきたので、切りの良いところでスケッチをおしまいにし、荷物をまとめていったん旅館へ足を向けるも、夕暮れの空と城壁の光景との組み合わせが絵になるのではと思いつき、しばし付近の散策で時が過ぎるのを待つ。  さて、夕暮れ時に戻ってみると、想定以上にインスピレーションをかき立てる光景が眼前に広がっていた。沈む太陽が黄雲の起伏を照らし、橙色の低い斜光が石垣の陰影を浮かび上がらせる。  さすがにこの光量ではスケッチを再開できないので、旅館に戻って描くために今の情景を目に焼き付けてから、そろそろ帰ろうと歩み出すと、背中を撫でる風が木々のざわめきと入相の鐘の音を運んできた。  と、その時、城壁の陰から一人の少年が現れた。
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