古代エジプトの青年

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古代エジプトの青年

 あいちゃんがページを開いた瞬間、ぼくらは太陽が激しく照りつける石切り場にいた。 「すごい大勢の人が作業しているわ」 「古代エジプト、アスワンの石切り場だにゃー」 「おそらく紀元前一三〇〇年代、新王国時代のようね。宗教の混乱期みゃー」 「ピーチちゃんは詳しいのね」 「もちろん天使学校で世界史が得意科目だったみゃー」 「おいらは暗記科目は苦手だにゃー」 「あたしなんだかがっかり。どうしてこんなところに来たのかしら? エジプトといえば黄金の宮殿やスフインクスや巨大ピラミッドが見れると思ってワクワクしてたのに」  あいちゃんは、照りつける太陽の下で男達が汗まみれになりながら、切り出した花崗岩を板のソリに乗せて黙々と移動する姿や、切り立った岩場の大きな石塊に次々と金属の杭を打ち込んで石を割る姿をみて肩を落とした。 「あ、あそこ、格好いい青年が作業してるみゃー」  ピーチが瞳を輝かす。 「どこどこ?」  イケメンと聞き、あいちゃんは慌ててピーチが指差す方向を見た。 「うっそー」  そう言ってあいちゃんは絶句。それっきり黙りこくってしまった。 「どうしたにゃー」  ぼくも興味津々とその青年を見た。 「あたしだ! あたしこの時代は男性だったんだわ」  沈黙していたあいちゃんがやっと声をあげた。 「かっこいいみゃー」 「ほんとだにゃー」  ぼくもピーチも驚いた。 「あ、向こうから豪華な馬車が近づいてくるみゃー」  馬車の豪華さや隊列の規模からして王族か貴族の一行に違いなかった。その一行が場違いな石切り場にやってきたのだ。 「馬車から誰か出てくるわ」  姿を現したのは若くて美しい女性で、身につけているアクセサリーや衣装から、明らかに王族の女性に違いなかった。 「べっぴんだにゃー」 「ほんと、美しい女性ね! なぜか胸がときめくわ」  あいちゃんは不思議な感覚にとらわれて王女を見つめていると、先ほどのイケメンの若者が王族の女性がいる馬車のところに呼ばれた。それから王女は人払いをすると、その若者と二人で何やら話し始めたのだった。 「なに話してるにゃー」 「あたし、あの王族の女性から求愛されてたの」  その時、突然、あいちゃんの前世の記憶が蘇った。 「え、じゃあ、今口説かれているみゃー?」  ピーチは興味津々で訊いた。 「そうなの、でもあたし奴隷だから悩み苦しんで……」  あいちゃんはそこまで言うと黙り込んだ。  ぼくらが見守る中、王族の女性は従者になにか言いつけると、再び馬車に乗り込み引き返してしまった。  いつのまにか夜になっていた。あいちゃんの前世だった石切場の若者は夜中にテントを抜け出して砂漠の中を走り続けた。 「どこにいくんだろうにゃー」  ぼくらは急いで若者の跡を追った。 「石切り場の切り立った崖よ」  あいちゃんはすでにあの若者の運命を知っていた。 「どうしてこんな夜中に崖に行くにゃー?」  若者は思い詰めた表情で、月明かりだけを頼りに、石切り場でもっとも高い崖に向かって走り続けた。 「自らの命を絶つためよ」 「え、えー!」  ぼくとピーチは飛び上がってびっくりした。 「死ぬなんてそんなぁ! そんなにあの王族の女性が嫌いだったのかにゃー」 「ダイアンは鈍感みゃー」 「二人はお互いに愛し合っていたの」  あいちゃんんは涙を流しながら話してくれた。 「なら一緒になればよかったにゃー」 「王族と奴隷よ。許されないの。だからあたしは王族の彼女に迷惑がかからないように死を選んだのよ」  崖にたどり着いた若者は月をしばらく見つめた後、跪き頭を下げて手を組んで、神に祈りを捧げた。 「もう飛び降りるわ」  あいちゃんの言葉どおり若者は何のためらいもなく断崖絶壁の崖から飛び降りて命 を絶った。  ぼくらはしばらくのあいだその崖を呆然と眺めていた。 「この時の学びは愛は注ぐだけのものではない、愛されることも愛の学びだとガイドマスターに教えられたわ」 「たとえ結ばれなくても生き続けるべきだったんだね。それが愛し愛されること、お互いの学びなのかもしれないみゃー」  ピーチは月明かりに祈りを注いで儚く散った若者、あいちゃんの前世、に涙を流した。 「いったんこの辺で図書館に帰るかにゃー」 「もっと自分の魂の学びを見てみたい」  あいちゃんの返事を聞いてぼくもピーチもびっくりした。 「あいちゃん強くなったにゃー」 「ほんとすごいみゃー」 「強くなんてないよ。でももう同じ過ちは繰り返したくないの」 「了解! じゃ次はどこへ行くにゃー?」 「そうね……」  あいちゃんは目次を指先でたどり、 「きーめた! アトランティス時代まで遡るわ」  そういって本をパッと開いた。  すると、あっという間にぼくらはアトランティス帝国に着いた。ところがその瞬間、地面を引き裂くような激しい揺れがぼくらに襲い掛かった。 「わぁアアアア! 大地震だにゃあああー!」
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