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白い天井、白い壁、白いシーツ。
床や、ベッドの転落防止用の柵まで全てが白い。
目が覚めたら白に囲まれていた。
私を取り囲む全ての物が白くて、少し目がチカチカする。
ここはどこ?
私は何故こんな所にいるの?
「笹野さん、朝ですよー」
仕切りに使われている白いカーテンを開けながら、水色の服を着た女性が声をかけてきた。
漸く白以外の色を認識し、少しだけ安堵する。
「朝ご飯はここで食べる?それとも食堂に行く?」
結城愛美と書かれた名札をぶら下げた彼女は、その名の通り愛くるしい笑顔で話しかけてくる。
「ここで食べます」
私は体を起こし、一言そう返した。
「じゃあ、すぐにご飯持ってくるからね」
結城さんは言ってすぐに部屋から出て行った。
ふぅ…と短く息を吐き、開けられたカーテンの向こう側を見る。
目の前には、通路を隔てて私が使っているのと同じベッドが2つ置かれている。
視線を左に移せば、やはり同じベッドが1つ。
私がいるのは、どうやら入院病棟の4人部屋らしい。
とは言え、私以外に入院患者はいない。
お陰で他者に気を遣う必要もなく、伸び伸びと出来る。
しかし、私はどうして入院などしているのかしら?
体のどこを調べても特に目立った怪我や、痛みなどはない。
と言うことは、何かしらの病気で入院していると言うことかしら?
その割に、点滴などを打たれているわけでもなく、手術を受けたような形跡もない。
ベッド脇にあるゴミ箱を覗き込んでも、捨ててあるのはティッシュや紙くずだけ。
薬を処方されている様子もなかった。
病気でも怪我でもない。
なのに入院させられていて、その理由が思い出せない…
もしかして記憶喪失と言うものかしら?
「……そんなわけないわね」
思い至ったその考えに、自嘲する。
私は笹野やよい、今年で67歳になる。
22歳で結婚し、62歳の時に夫に先立たれて以降、一人暮らしをしていた。
子どもは娘が2人と息子が1人。
娘は2人とも遠方に嫁ぎ、滅多に顔を見せないけれど、頻繁に電話してきては私の身を案じてくれる。
息子は近くにいるけれど、結婚してから嫁の言いなりで、殆ど疎遠になっている。
孫の顔すらろくに見せに来ない。
この分だと、同居なんてする気もないのだろうけど、その方が良い。
私を厄介者としか思っていないあの嫁と一緒に暮らすなんて、無理に決まっているもの。
それに私はまだ元気で、子どもの手を借りる必要はない。
もし介護が必要になっても、その時は施設にでも入ろうと思っている。
夫が残してくれた財産と年金で、お金には困っていない。
嫁は、この財産を欲しがっているようだけど、残してなんてあげないわ。
悠々自適な生活を送って、残ったお金は娘達にあげるつもり。
その為に、娘名義の口座に少しずつお金を移している。
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