act.1

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娘達にだけ財産を残したら息子は怒るでしょうけど、自分を産んだ母親より嫁の方が大事だと言うのだから、好きにしたら良い。 でも……お金は残してあげないけど、家だけは息子にあげる。 嫁は家なんか要らないと怒るでしょうけれど、私から息子を奪った小娘への、最初で最後の嫌がらせよ。 とは言え、古い家だけど数年前にリフォームして内装は綺麗だし、まだまだ十分住めるわ。 立地も悪くないから、借家にだって出来るんじゃないかしら? あの嫁の事だから、売却すると言い出す可能性もあるけれど。 遺言状を残しておくべきかしら? そんな事を考えていたら、トレイに乗せられた食事を持って結城さんが戻ってきた。 「笹野さん、どうぞ」 テーブル代わりの台をベッドの両サイドに引っ掛けるように設置し、その上にトレイが置かれる。 玄米とお味噌汁、それに鮭と卵焼きとお漬物。 いかにも朝食ですと言わんばかりのメニューだけど、湯気とともに鼻腔をくすぐるその香りは食欲をそそった。 「いただきます」 結城さんが部屋から出て行くのを見送り、私は食事に箸をつける。 昔は病院食なんておいしくないとか、食べられたものではないと言われていたけれど… 今は幾分マシになっているようね。 「ごちそうさまでした」 運ばれてきた食事を全てたいらげ、おまけのように付いていたデザートのヨーグルトも食べ終わり、手を合わせる。 お腹もいっぱいになった事だし、少し部屋の外に出てみようかしら? 床に置かれているスリッパを履き、トレイを持って廊下に出る。 向かって右側にはナースステーションがあり、ピンクの服を着た人達が忙しなく出入りしていた。 左側を見ると、少し離れた所にある部屋から談笑する声が聞こえてきた。 扉の上の方には食堂と書かれたプレートが取り付けられている。 食堂の手前にある大きな台に、私と同じように部屋で食事をとっていた人達がトレイを置いている。 私もそちらに歩みを進め、空いている場所にトレイを置いた。 「さて、これからどうしようかしら?」 入院患者って本当に何もする事がないのね。 さっき、部屋を出る前に私物を確認してみたけど、暇潰しになりそうな物もなかったし。 少し廊下を歩いて病棟を散策してみようかしら? そんな事を考えながら、廊下を歩いているとピンクの服を着た女性に声をかけられた。 ピンクの服の人は『看護師さん』と呼ばれ、水色の服を着た人は『助手さん』と呼ばれている。 なので先程の結城さんは助手、今話しかけてきている中山さんは看護師と言う事になる。
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