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「すみません、少し良いですか?」
「何ですか?」
「笹野やよいさんですね?」
「……人違いです」
「駄目ですよ、病室から離れては。皆さん心配されてますよ」
「ですから、人違いだと言っているでしょう?私は笹野なんて名前ではありません!」
警備員まで使うなんて。
どうしてそんなに私をここに閉じ込めておきたいのかしら?
「笹野さん!」
警備員と言い争っていると、結城さんと中山さんが息を切らせてやってきた。
おそらく私に声をかける前に、この警備員が連絡してたんだわ。
「駄目じゃない、一人でこんな所まで来たら。危ないから部屋に戻りましょうね」
結城さんは言って私の手を取った。
だけど、私はその手を思い切り振りほどいた。
「私はここの患者ではありませんので。家に帰ります」
あんな、白以外何も無い無機質な部屋に戻されるなんて冗談じゃないわ。
病名だってハッキリしないのに、病人扱いされて。
私が病気だって言うなら証拠を見せて貰いたいものだわ!
「母さん!」
2人の女性と睨み合っていると、自動ドアが開いて見慣れた顔が視界に飛び込んで来た。
「章雄?」
「何やってるんだよ、母さん」
「丁度良かった、聞いて!私はどこも悪くなんてないのに、この人達が部屋に閉じ込めるのよ。助けて、章雄!」
久し振りに見た息子に安堵して、私は一気にまくし立てる。
何故章雄がここにいるのか、そんな事は考えもしなかった。
「母さん。母さんは病気なんだよ。それでここに入院しているんだ」
「病気って何よ。私はこんなにも元気なのに。一体、どこが悪いと言うの?」
「自分がおかしいと分からないのが病気なんだよ」
「何をわけの分からない事を言っているの。とにかく、私は家に帰るの!そこを退いてちょうだい!」
章雄に掴まれた腕を振りほどこうとするけど、この年で息子の力に適うはずもなく。
章雄はため息を吐くと、小さく「お願いします」と言った。
その後の記憶はない。
腕に何か小さな痛みが走り、それから少しして私は意識を失った。
意識を失う直前に見えたのは、ピンクの服と注射器のような物を持った手だった。
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