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「ん? 何ですか?」
「あのね……。たとえば、なんだけど。あんな風に綺麗に着飾っていても『仕事』だと思うことって、あるの?」
我ながら妙な質問だ。坂本さんは俺の言葉の意味を咀嚼するように、丸い目を何度もぱちくりとさせる。
「うーん、どうなんだろう。……ああ、でもそういえば!」
そして、何かを思い出したように、ぱっと笑顔になった。
「うちの隣の家の奥さん。いつもお洒落して出かけるんですけど、あれは仕事ですね」
「どうして、そう思うの?」
「それは、会う時間がいつも同じだし……あと、朝だからですかね」
「朝、だから?」
「わたしが家を出るの、八時過ぎくらいなんですよ。そんなに早く、しかも頻繁に遊びに出かけることって、なかなかないですよね」
坂本さんはそう解説した。ところで、俺が毎朝家を出るのは七時半だ。職場と家が近いというのは実に羨ましい。
「なるほどねえ」
相槌を打ったものの、残念ながら参考にはならないようだ。何しろうちの美奈子が出かけるのは恐らく午後で、しかも週に二回。坂本さんが言ったそれには該当しない。
やはり考え過ぎか? 広瀬さんのあの時の言葉には、さほど意味がなかったのかもしれない。
いや、しかし──。
もしも美奈子が、もっと早くに家を出ていたら? もしも、もっと頻繁に外出していたら?
……どんな理由で?
こんなことを疑うのはおかしいのかもしれない。けれど、つい疑ってしまうのは、不安になる要因があるから。
「ところで課長。パスタ来ましたけど、そろそろ食べません?」
「……あ、ああ。そうだね」
実は、俺と美奈子は、もう二ヶ月以上もセックスレスだ──。
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