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 大学時代の先輩後輩という間柄から始まった俺達夫婦の交際期間は、約六年。結婚してからは三年が経とうとしている。  つまり、美奈子とはもう九年近くも一緒にいるのだ。これだけ長く共に過ごせば、夜の営みの回数が減ってくるのは当然のことかもしれない。  けれど──。 『ごめん。ちょっと……疲れてるの』  二ヶ月と少し前。九年間で初めて、美奈子にセックスを拒否された。  それはもちろん、ただのタイミングだったのかもしれない。初めての出来事に軽いショックを覚えたものの、誰でも体調がすぐれないこともある、と自分に言い聞かせその場は納得した。  しかし、その翌日から異変が起きた。毎晩一緒に入るダブルベッドの中で。美奈子は照明を落とすとすぐに背を向けるようになったのだ。  物言わぬ背中から感じる、拒絶。  俺が何か気に障ることでもしてしまったのだろうか。いろいろと考えを巡らせてはみたものの、特に思い当たることもない。  それに、就寝時以外の美奈子の様子に変わりはない。常に明るく、よく喋る。家の中のことは完璧にこなしてくれる。毎朝家を出る時にキスをすれば、はにかんだように笑う。  他に何か変わったことがあるとすれば。週に一度だった習い事のグラスリッツェン教室が、先月から二回に増えたことくらいしか……。 「杉浦課長? どうしたんですか?」  坂本さんの声で我に返った。目の前で大きな瞳が心配そうに揺れている。 「あ、ああ……」 「体調でも悪いんですか?」  いつの間にか遮断されていた周囲のざわめきやフォークやスプーンが皿を撫でる高い音が、また耳に舞い戻ってきた。 「いや、ごめんね。午後の営業回りの順番考え込んでた」  適当に誤魔化して、パスタを巻き取る。  大丈夫。きっとただの気にし過ぎだ──。
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