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けれど、どちらでも同じこと。何にせよ、わたしは先生にこの身の全てを委ねる運命なのだ。大丈夫、この人は優しい。昔も、今も。
「外はもう暑かった?」
「ええ。この時間でも少し汗ばむくらい」
「そっか。今日はどうやら真夏日になるらしいからね」
「真夏日、そうなんですね」
涼のお弁当、暑さで傷んでしまわないかしら。ふとそんなことを心配した瞬間。
──あれ?
突如湧き上がった、違和感。ほんの二時間ほど前の夫の言葉が頭を過ぎる。
『……いや。たまには外で一緒にランチでもどうかなって思ったけど、一時じゃバタバタしちゃうか』
あの時は、妙な間の方に気を取られて深く考えなかったけれど……。
お弁当を手渡したというのに。彼は何故、ランチに誘ってきたのだろう。
ひょっとして──。
夫はようやく気づいたのでは。この穏やかな日常を完璧に引き裂こうとする、深くどす黒い亀裂に。
ああ、早くわたしの罪を捕まえて。そして、ゴミのように雑に放り捨てて。
わたしには、自分の口から真実を語る勇気も覚悟もない。
「……じゃあ、そろそろベッドに行こうか」
いくつかの特に意味もない会話のあと。小出先生は、昔と変わらないすんと透き通ったような笑みを浮かべた。
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