聞いてしまった

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聞いてしまった

「東先輩、いつも一緒にいる人、あの人、先輩のなんですか?  もしかして、恋人...とかですか?」 部活がそろそろ終わるかなと思って部室の近くで待っていた俺に聞こえてきた会話。 「あー、あいつ?  あいつは、そういうんじゃないよ」 ー! 相手がどんな奴かなんてどうでもいい。 好きな奴の声って顔を見なくても分かるっていうだろ? だから、聞こえてきた声の主が東だって分かった。 だけど、聞こえてきたのは俺たちのことで、たった今の今まで恋人だと思っていた俺。 へぇ...、違ってたんだ。 一気に虚しい気持ちが襲ってきて、舞い上がってたのが俺だけだったんだって知った。 自分も誰かを好きになる日がいつかくるかと待っていたのに、いざ、好きになったら同じ男で。同性だから絶対にバレないようにと思っていたのに、東との距離はいつの間にか友人というには近すぎて。初めて知る怖さも相手があいつだから何でも受け入れることができた。 そっか...。俺、あいつにとって、恋人とかじゃなかったんだ。 俺、バカじゃん...。 確かに、はっきりと恋人になろうとか、そういう話をしてこなかった俺たち。でも、一緒に居れば、気付くじゃん。って、思っていたけど、違っていたのかぁ...。 これから出てくるあいつに、いつもの俺でいることなんてできなくて、『わりぃ、急用ができた。先に帰る』って、メッセージを送りながら飛び乗った電車。 電車の中で考えることはあいつのことだけで、一人の車内がこんなにも寂しいって思ったのは久しぶりだった。でも、これも俺だけが抱く感情ってことなのか。 家に帰ってもあいつとの今までの時間を思いだしては自問して。 あれも、これも、あいつにとっては、どうでもいいことでと思ったら、泣けてきたし、それに気づかずにいた自分に笑けてきた。もしかして、遊び?経験値稼ぎ?それも、ありなのか...。 『なんか失恋したっぽい』 家に帰ってすぐに自分の部屋に閉じこもった。 自覚したくて、誰かに知ってもらいたくって送ったメール。 なのに...。 送られてきたのは東からで。 『...なんかあった? 今、電話できる?!』 なんて焦っているようなメール。 おいおい、お前には何にも送ってねぇんだけどって一人で「...お前とはぜってー話したくないし。」と、ツッコミ入れてシカトしておいた。 『よくわからんが、失恋とは大事だ。2人で話をしてくれ』と、さっきメールを送った相手から両手を合わせたマークと一緒に返ってきた。 あ、こいつかぁ...。 東に教えたな、裏切り者っ! は? 意味がわからねーし。 あいつにとって、俺ってどうでもいいし。 一人でムカつき、スマホの電源を落とした。 なのに...。 「おばさーんっ!今日借りて帰りまーす。あ、学校には行くから安心してねー」 東の声が玄関から聞こえてきて、母さんの浮かれた「ご自由にー」の一言と、バタバタと近づいてくるあいつの足音。 ー!!! 母さんの裏切り者っ! バーンっ!と、勢いよく開いた扉。 「...」 「...おい、聞こえてんだろ、観念しろ。スマホの電源切っただろうっ!  手伝ってやっから、家に来る準備をしろ。  は、や、くっ!!」 布団にくるまっている俺に苛立ち混じりの東の声が聞こえてきた。 おい、さっき、母さんと話していた声とは違うじゃねぇか。 「...行かない。」 「は?連れて行くよ、俺。」 「...行きたくない...。」 「...なんで...。具合、悪いのか?」 少しだけ動揺する声に、すぐ揺らいでしまう俺。 「...今は、東の顔なんて...見たくない。」 あ、やべ...。 耐えてたのにだんだん泣けてきそうになって、声が震えた。 バレた? ー! ベッドが沈んですぐそばに東がいるのがわかる。 「...急用ってそれ? それとも、本当に急用だったの?  部室の外、見たらお前がいないし、探そうとしたら、他の奴がお前が慌てて帰ってったって。なんかいつもと違ってたって聞いたら心配になるじゃん...。  具合は...、おばさんの様子だと、平気っぽいし…。  なぁ、顔、見せて?」 ー! 心配...してくれたんだ。 ちょっと嬉しい...いいや、かなり嬉しい。 だけど、もう、こんな風になったら、意地も通したいわけで。 だんまりを決め込む俺も俺だけど。 東はフンっと、ため息をついたあと、 「......お前から失恋したっぽいってメールが来た。だって。」 ー!? ビクッと思わず身体が反応してしまった。 東は俺の背中を小さい子を落ち着かせるときみたいに撫でてくる。 イライラ、ムカムカな俺がだんだんちっちゃくなっていく。 「...俺がそれを、お前じゃない奴から教えてもらって、どう思ったと思う?」 東の手は、動かなくなっていた。声もいつもみたいに余裕なんてない。 「失恋てなに。ぽいって何。お前、なんで俺のこと、待ってないのって。  なんで、お前がいないのに、お前の事が他の奴から聞かされてんのって。」 ー!! 「だってっ!!お前、俺の事...。」 起き上がって東に向かって文句を言おうとした。 だけど、これ以上、何にも言えなくて、泣きっ面もこれ以上見せたくないって思ってボフッと布団に顔を突っ込んだ。 「あーっ、もぅっ!!なんて顔を...っ。  何?お前、まさか、その顔を外でもしてたんじゃ...っ!」 何を言ってんのかわからないけど、顔を埋めたまま「してねぇーしっ!」否定だけはした俺。 「...そう、ならいいけど。  わかった。お前がなんか怒ってるのもわかった。  今から俺んちに行くから。  ちゃんと、話、聞くから。  あ。」 東は埒が明かないと思ったようで勝手に話を進め始めた。 だけど、一つだけ最後に足された言葉。 「失恋って、言うけど。俺、お前の事、めっちゃ好きだし。好きすぎて一緒に暮らしたいし、それに向けて将来も真剣に考え始めてお前の母ちゃんに相談してるんだけど?」 ー!? はぁ? 何それ、初耳なんだけど。 思わず起き上がってツッコミを入れてしまった。 「聞いてねぇしっ!ってか、...なんかすげー所まで...考えてるのな...。」 俺の顔を見てクスッと笑う東。 こら、俺、怒ってるんだぞ。 それから、東は俺の部屋だというのに、荷物をちゃっちゃとまとめて母さんに声をかけて俺を連れ出した。学校帰りだった東は部活の荷物も持って大変そうだ。 「...自分の荷物、自分で持つから...。」 制服の端っこを引っ張っていったら、「ほいっ」と渡してきた。 2人で東の家まで歩く。 「...今日、部活のマネージャーにお前の事、恋人かーって、聞かれた。」 ー!! いきなりその話?!って、思って東を見たら見られてた。 東は、「やっぱり...」と、呟いて俺の手を握ってきた。 「恋人かって聞かれて俺は違うって答えた。  そんな簡単なもんじゃねぇよ、お前。」 子どもみたいに手を繋いだまま嬉しそうに笑う東。 それって、どういう意味だ? 「でも、それって、お前にも伝えてないのに、なんで他の奴に教えなくちゃいけねぇのかって思って、適当にあしらった。...わかる?」 ー!? 東って男は、意外と律義な奴だとは思ったことがある。 そっか...。 そういうことか...。 ホッとしたら、顔に熱が集まり始めた。 俺...、大切にされてんだぁ...。 「うん、早とちりした。  俺が浮かれてた時に、お前はどうでもよかったのかなとか...。  もしかして、遊ばれてるとか、最悪...処理役とか...だったのかとか。  そしたら、虚しくなって...。  お前に会ったらぜってー辛くて泣くって思って先に帰った。  ...ごめん、置いて帰って。」 謝れた。 ぎゅっと握り返してくれた東は、「うん」って答えた。 「...俺、お前の事、お前よりも真剣に考えてっから。  どっから処理役とか知識付けて来てんのか知らねーけど、俺、お前の事そんな風になんて思ったことないし。お前のことだけだし。」 ー!? 聞こえてくる声が緊張しているのに気づいて顔を見た。 東、すげー真面目な目をしてた。 「...お前がくれた全部、俺の宝物だから。」 ー!! 初めて好きになった人、初めてキスをした人、初めて一緒にいてドキドキした人、初めてこの人になら、自分のかっこ悪いところを見せてもいいかなって思えた人、初めて身体を繋げた人。 東の言っていること、すごくわかった。 「…うん、ありがと、俺もお前と同じだから。    えっと...。めっちゃ...好き...っ!?うわわわわっ!!」 東はどこにそんな元気があるのかわからないけど、荷物を持ったままの俺を抱きしめてきた。 「...早く家に帰ろ?」 その一言が俺を熱くする。 要するにお互いプロポーズみたいな言葉を躊躇いもなく口にしてたわけで...。 東の言っている意味が俺と同じだったら...。 そう思うと恥ずかしくなる。 「うん...」 ほら、いつもより歩くスピードが早いし、握られた手はいつも以上に熱い。 手を引かれながら見えた背中には、ヘンテコに膨らんだ部活のバッグがあった。 いつだったか、一緒に帰っているときに見かけた慌てて帰るヤツ。そいつの鞄はいつも不格好な形だなって、2人で笑っていたのを思い出す。 急いできてくれたんだ...。 とりあえず、東の家についたら、家までわざわざ来てくれたこととか、嬉しかったことを全部、話そう。で、照れくさいけど一緒の時にしか話せないことをたくさん話して不安にならないように、させないようにしていきたいなって思った。 PS...話が出来たのは、東がすっきりした後(察して...。)で、俺はその時は半分、夢の中の住人だったりして、その反応が東からすると、ツボだったらしく、スマホの動画で録画されてた。あ、ちなみに、恋人じゃなくて、東の中では、俺はパートナーって言われて、あ、こいつ、意外と真面目に考えてたんだって思ったのは、内緒。
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