登場人物紹介

10/17
前へ
/17ページ
次へ
 自分を落とすというゲームに、ロベルトが飽きてしまったのだろうかとイライラしているとき、計ったようなタイミングでロベルトから電話がかかってきた。  ジェイミーは、休日だというのに出かけもせず、自分の部屋で講義で使用する資料を作成している最中だった。 『――ハイ、元気?』  外の陽気にも似た明るい声に、かえってジェイミーの機嫌は悪くなる。 「誰だ。名乗れ」  冷ややかに告げると、電話の向こうから抑えた笑い声が聞こえてくる。 『ごめん、ごめん。ロベルトだよ。ロベルト・ルスカ。ジェイミーに心を奪われた、哀れな男だよ』  そのわりにははつらつとした声ではないか、と思ったジェイミーだが、自分が拗ねているように取られるのはプライドが許さないので、当然口には出さない。 「その哀れな男が、わたしに何か用か?」 『……もしかしてジェイミー、怒ってる?』 「なぜわたしが怒らないといけないんだ」 『ジェイミーが怒るのも無理ないよね。大事な人を半月も放っておいたんだから。でも俺も、心配で仕方なかったんだよ。魅力的なジェイミーが、俺が側にいない間に、誰か他の奴にさらわれたんじゃないかって、気になって気になって――』  人の話を聞けと、ジェイミーは一喝する。 「結局お前は、半月の間、何をしていたんだ」 『ミラノに帰ってたんだよ。仕事でね』 「無職なんだろう、今」  ジェイミーの単刀直入な物言いが愉快だったらしく、ロベルトは声を上げて笑う。 『父親の会社の仕事を手伝っているんだ』  今さら気づいたことではないが、素性がはっきりしない男だ。  呆れていると、ロベルトがふいに声を潜めて言った。 『――ジェイミー、これから出てこられないかな? 一緒につき合ってほしい場所があるんだ。俺の仕事絡みでさ』  ロベルトの声は、秘密を共有し合う共犯者に対するもののようで、ジェイミーの胸はくすぐられる。   なんだか面倒なことに巻き込まれそうで、相手がロベルトでなければ素っ気なく断るところだが、今のジェイミーは資料の編集にも飽きてきており、何より、ロベルトの仕事に興味もあった。 『夕食だけじゃなく、お酒も奢るよ』  ロベルトが罠を仕掛ける。引っかかれば、今夜は、自分の部屋に帰ってこられないだろう。  ゆっくりと前髪を掻き上げたジェイミーは、努めて落ち着いた声で答えた。 「――その約束、忘れるなよ」  これはゲームだ。つまり、遊びだ。しかも、加減を知っている大人にしかできない遊びだ。  トクン、トクンといつもより大きく感じる自分の鼓動を感じながら、ジェイミーは助手席のシートにゆったりと身を預けていた。  運転席では、サングラスをかけたロベルトが上機嫌で鼻歌を歌っている。  人の忠告など忘れたらしく、今日も派手な柄のシャツとレザーパンツという格好だ。  どこに行くのか、具体的なことは尋ねていない。ゲームを楽しめというのなら、とことんまで乗るだけだ。 「あっ、そうだ。ジェイミーにイタリアのお土産を買ってきたんだよ」 「何を?」  後部座席を示されたので、ジェイミーはシートの上に置いてある紙袋を取り上げる。中を覗くと、香水だった。 「ジェイミーがこの官能的な香りをつけていたら、セクシーさが増すだろうと思ってね」 「……お前、わたしが学生相手の仕事だということを忘れているだろ」  するとロベルトが、唇にちらりと笑みを浮かべる。この笑い方のほうが、よほどセクシーだ。 「香水は何も、外につけていくだけとは限らないよ。たとえば、ベッドに入るときとかね」 「まさしく、『ビトウィン・ザ・シーツ』だな」  平然と答えはしたものの、ジェイミーの頬はわずかに熱くなっていた。  ダグラスとは平気で際どい会話も交わせるが、相手がロベルトだと意識してしまう。単なる冗談では済まないからだ。  とりあえず、土産の香水は受け取ることにして、礼は言っておく。紙袋はすぐに後部座席に戻しておいた。ロベルトなら、この場でつけてほしいと言い出しかねない。  幸か不幸かロベルトはそんなことは言い出さなかったが、代わって、連れて行かれた場所が予想外でとんでもなかった。  女性受けしそうな、白を基調にした清潔感が漂う建物だ。外の通りから、ガラス張りの店内がよく見えるが、ジェイミーは足を止めてロベルトを睨みつけた。 「お前、この店――」
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

293人が本棚に入れています
本棚に追加