登場人物紹介

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 サングラスをずらしてロベルトは確信犯的な笑みを浮かべる。 「シエナの直営ショップだよ」 「シエナが、日本の化粧品メーカーだというのは、わたしの記憶違いか?」 「記憶違いじゃないよ。さっ、入ろうか」  腕を取られて引っ張られそうになり、ジェイミーは慌ててロベルトの手を振り払う。 「入ろうかって、化粧品を売ってる店に、何しに入るっていうんだ」 「ジェイミーをより美しく彩ってくれる化粧品を買うために。ちなみにシエナは、男性化粧品は扱っていないから」  ジェイミーは回れ右をして帰ろうとしたが、すかさずロベルトに引き止められる。 「冗談だよ。敵の視察なんだ」 「敵?」 「俺の父親は、化粧品を製造する会社の社長なんだ。俺は一人息子で、将来会社がまだ残っているなら、跡を継ぐだろうね」  言いながらロベルトの褐色の瞳が、鋭い光を放ってショップを見据える。ゾクリとするほどその表情がよかった。  ため息を吐いたジェイミーは、帰るのはやめる。途端にロベルトが顔を綻ばせる。 「恋人に合うルージュを、とでも言っておけばいいから」  適当なアドバイスを受け、二人でショップに足を踏み入れる。当たり前だが、男二人というだけで目立つのに、そのうえ金髪の外国人とくれば、目立たないほうがどうかしている。  ジェイミーは無表情に、カラフルな口紅が並んでいるスペースの前に行き、店員に日本語で告げる。 「恋人へのプレゼントなんだ」  想像の中だけの女性のイメージを告げながら、ロベルトの様子をうかがう。  にこやかに店員に話しかけ、こちらはフレグランスを見ている。どの辺りが『敵の視察』になるのか、さっぱりジェイミーにはわからない。  なんとも居心地の悪い時間を過ごしていたが、居たたまれなさが限界に達し、その気もなかったのに鮮やかなピンクの口紅を買う。  ダグラスにでも渡して、日本人の美人の奥さんにつけてもらうのが無難だろう。  小さな包みをジャケットのポケットに突っ込んで、ロベルトを振り返る。商品には目もくれず、店員の女の子と話し込んでいた。接客抜きで、実に楽しそうだ。  急にいらついた気分となり、ジェイミーはロベルトに歩み寄って肩を小突く。これまでの自分なら、ロベルトを放ってさっさと帰るぐらいしていただろうが、これから先のロベルトの時間は自分のものだという所有欲が働いていた。 「――おい、わたしの買い物は済んだぞ」  ジェイミーの言葉に、ちらりと振り返ったロベルトが軽く片手を上げる。  愛想よく店員に二言、三言声をかけてから、何も買わずショップをあとにする。  車に引き返しながら、ジェイミーは尋ねた。 「……結局お前は、何をしにあのショップに行ったんだ。女の子と楽しそうに話していただけだろ」 「んー? いい情報を教えてくれたんだよ。シエナが、新しいブランドを立ち上げるってね」  どの辺りがいい情報なのか、まったくわからない。だがロベルトにとっては情報の価値が違うらしく、唇にしたたかな笑みを浮かべながら、目は遠くの何かを見ている。  やはり出てくるのではなかったとジェイミーが後悔しかけたとき、そんな機微を読み取ったようにロベルトがスッと身を寄せてきた。 「ピンクの可愛いルージュを買ってたね? いい香りがするの」 「……なんで香りまで知ってるんだ。離れてたから、香ってこなかっただろ」 「一応、跡継ぎだからね。化粧品はけっこう細かくチェック入れてるんだ」  それで、とロベルトが言葉を繋ぐ。 「買ったルージュ、ジェイミーがつけるの?」  人が行きかう往来で、ジェイミーは容赦なくロベルトの頭を殴りつける。ロベルトが頭を抱えて痛がるが、同情してやらなかった。 「バカか、お前は。わたしにその趣味はない。ダグラスの奥さんにプレゼントしようと思ったんだ」 「ムキにならないでよ。冗談だよ」 「普段の言動が冗談ばかりだから、わたしに区別がつくはずがないだろう」  怒るジェイミーとは対照的に、ロベルトは声を洩らして笑っている。  次第にムキになるのがバカらしくなってきて、ジェイミーは肩から力を抜く。 「――……それで、食事はどこに連れて行ってくれるんだ?」  わが意を得たりといった様子で、ロベルトは満足げに頷いた。
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