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ロベルトが案内してくれたのは、高級ホテル内にある懐石料理屋だった。
完全な個室とまでは行かないが、畳敷きの部屋に上げられ、ロベルトと向き合って食事をする。
置かれた重箱の中は小さくいくつも区切られ、そのスペースの一つ一つに、春らしい鮮やかな色彩の料理が少量ずつ盛られている。
こってりとした肉料理でも食べることになるのかと思っていたジェイミーには、この店の選択は意外だったが、素直に喜んでもいた。
目で楽しめるうえにあっさりとしている日本料理を、ジェイミーはことのほか愛している。
箸が進むジェイミーの様子を、漆塗りの立派な座卓に肘をつき、ロベルトは目を細めて眺めている。
「……なんだ。ニヤニヤして気持ち悪い」
上目遣いにロベルトを軽く睨みつける。
「ジェイミーは、食べる姿もセクシーだと思って」
「箸で目を突くぞ」
怖いなあ、と言いながらも、ロベルトの視線はジェイミーから離れない。しかもその視線は熱っぽい。考えていることが、これ以上なくよくわかる視線といえる。
ホテル内で食事を、と言われたときから、ロベルトの下心は読み取っていた。わかっていてついてきたのは、他ならぬジェイミー自身だ。
あとは、ロベルトがどううまく誘ってくるかにかかっている。
食事をしながら、ジェイミーはいつになく緊張していた。
「――緊張しなくていいよ」
ようやく箸を動かし始めたロベルトが、何かの拍子にふとそう言った。
猫舌なので、熱いお茶を苦労しながら飲んでいたジェイミーは首を傾げる。
「何か言ったか?」
向けられた褐色の瞳がくるんとイタズラ小僧のように動く。
「別にジェイミーをとって食おうなんて思ってないよ。最高に気持ちいいメイク・ラブを楽しみたいだけだから」
「……最高に気持ちいいなんて、自信満々だな」
体の奥が疼いてきて、冷静さを装いながらも声が微かに震えを帯びる。そんなジェイミーの様子に気づいているのかいないのか、ロベルトの眼差しが艶を含んだものとなる。
「お互い、セックスを楽しもうという気持ちがあるなら、簡単なことじゃない? 俺たちって多分、似ていると思うよ」
「快楽主義者ってことか」
「正解。クールに装ってるけど――いや、実際内面もクールかな、ジェイミーは。でも、自分が楽しくて気持ちよければ、ある程度ルールが緩くなるだろ? 俺を、その緩くなったルールの中に入れてもらいたいんだ」
ロベルトの滑らかな語り口調に聞き入って油断してしまい、思わず熱いお茶を口に含んでしまう。眉をひそめたジェイミーに、座卓から身を乗り出してきたロベルトが甘く囁いてくる。
「想像するだけで、ゾクゾクしてくるんだ。ジェイミーのそのきれいな金髪がどんなふうに乱れて、汗に濡れるのか。澄んだアイスブルーの瞳が、どんなふうに潤むのか」
ジェイミーは覚悟を決めて、ロベルトの髪に手を伸ばして指を絡める。掠れた声で囁き返した。
「……お前みたいによくしゃべる男は初めてだ」
「友人として楽しいでしょう? 一緒にいて。これで体の相性までよかったら、最高だと思わない?」
心を覆っていた最後の警戒心まで剥ぎ取られ、ジェイミーはふっと体から力を抜く。つい苦笑が洩れていた。
「――部屋は取ってあるのか?」
もちろん、とロベルトが頷く。すでにジェイミーには、魅力的な誘いを断る気は毛頭なかった。
夕食を終えると、ロベルトに伴われて一階のフロントに降り、ダブルの部屋の鍵を受け取って部屋へと向かう。
この間、二人の間には一定の距離が空けられていた。
ロベルトは人目も気にせず平気で腰を抱いてこようとするが、ジェイミーは拒む。気を悪くした様子もなく、ロベルトは笑った。
エレベーターから他の宿泊客が降りて二人きりになると、こう言われた。
「ジェイミーはモラリストでまじめなんだね」
「……お前みたいな男とこれから寝ようというのに、モラリストでスクエアなわけがないだろ」
この受け答えが気に入ったらしく、ロベルトは腹を抱えて爆笑する。
「いいね、それ。なんともジェイミーらしい言い方だよ」
ロベルトは部屋の鍵を開けるまで笑い続け、静かな廊下に笑い声が響き渡る。うるさいと、ジェイミーはロベルトの足元を蹴りつける。
もっとも、部屋に一歩足を踏み入れた途端、雰囲気は一変する。
部屋の電気をつけたロベルトの手がそのまま伸ばされてきて、ジェイミーは捉えられる。
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